

落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「おめでとう」。
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「引退、おめでとうございます」。記者が引退会見でイチロー選手に投げかけて話題になった言葉です。「惜しまれて引退するのにおめでたいとは何事か! それを言うならお疲れ様だろ!?」と、ネット上でやたらとプンプンした人もけっこういたみたい。
日本人には馴染みのない『おめでとう』の使い方ですが、外国ではよくあるそうな。途中で力尽きたわけでなく、あそこまで偉業を成し遂げたうえでの引退はまさに「コングラチュレーション」じゃないですか? ……ということです。一段落つける感じの『お疲れ様』より、次の舞台へのはなむけみたいな『おめでとう』……なるほど、いいと思います。賛成。
日本人もお葬式で故人が大往生の場合、「おめでたい」って言ってたみたいですね。引退と葬式を一緒にしちゃってすいません。でも『強飯の女郎買い』という落語では97歳で亡くなったご隠居さんの弔いで職人の熊さんが「あぁ、めでてえ、めでてえ!」ってわめいても、周りも咎めずに「ホントだねぇ」と返す。おまけに喪主も粋。香典返しの強飯は小豆の入ったお赤飯です。ご隠居さんは『めでたく』ネクストステージへ大往生、いいです。これまた、賛成。
イチロー選手の引退会見は東京ドームでの試合中に決定したそうです。私も引退のときはそうしてみようか。上野鈴本演芸場の高座を降りたら、すぐに演芸記者に連絡して引退会見。近場の御徒町・吉池食堂がいいかな。贅沢して焼肉の太昌園がいいか。急に来てくれるのは寄席演芸専門誌『東京かわら版』の佐藤編集長くらいかもしれないけど、芋焼酎のソーダ割りでも呑みながらインタビューに答えよう。ご機嫌になって「やっぱ、明日も寄席出ちゃおっかなーっ!」とか言いだしたらごめんなさい。「ただの打ち上げじゃねえか!!」と怒ってください、佐藤編集長。