2017年、勘三郎さんの悲願だった「桜の森~」は、「野田版 桜の森の満開の下」として歌舞伎座で上演。その舞台が、この春、シネマ歌舞伎となってスクリーンに登場する。

「夜長姫を演じた(中村)七之助くんは異様でした。神がかっていた。あの兄弟は、勘九郎くんのほうがお父さんに似ていると思われがちだけれど、それは見た目のことで、人間の中身が似ているのは七之助くんのほうなんです。お兄さん亡き後にこの舞台が大成功したのは、勘三郎の遺伝子が二つあったということが大きかったと思います。野田さんもそれはわかっていたんじゃないかな」

 扇雀さんは、この「野田版 桜の森~」が、いずれ歌舞伎の“古典”となって、世紀を超えて演じ継がれていくことを確信してやまない。

「鶴屋南北も黙阿弥も近松門左衛門も、そのとき最高に面白いものを作ろうと書いていただけで、何百年先まで残るものを、とまでは意識していなかったと思います。でも、優れた戯曲は必ず受け継がれるのが伝統芸能の良さでもある。こうして、素晴らしい作品が生まれる瞬間に立ち会えたことほど、幸福なことはありません。出演はしていないけれど、勘三郎さんがいなかったら、この作品は生まれなかった。つまり、『桜~』の中に、勘三郎さんはいるんです」

(取材・文/菊地陽子)

週刊朝日  2019年4月12日号