これは農薬と発達障害の直接の因果関係を示すものではない。だが、
「ネオニコチノイド系の農薬が発達障害急増の一因となっていることが予想されます」
自らも実験研究を続けてきた黒田氏はそう話す。ネオニコチノイド系農薬とは、殺虫剤として使われるもので、それまでの有機リン系農薬に代わって、90年ごろから世界で急激に広まった。
この農薬の使用と同時に世界各地で報告されるようになったのが、ミツバチの異常大量死だ。日本でも10年ほど前から報告が相次ぎ、因果関係が取り沙汰されている。
では、どうしてネオニコチノイド系農薬が、子どもの発達障害につながるのか。メカニズムを見ていこう。
人間の脳は神経細胞が集まってできている。ひとつひとつの神経細胞は「ニューロン」と呼ばれ、それぞれが「シナプス」と呼ばれる結合でつながり、神経回路を形成している。
神経細胞は信号を受けると、その情報を電気信号に変換して伝達する。その信号が細胞の終末にまで届くと、シナプスで神経伝達物質(アセチルコリン)に変換されて放出される。これが次の神経細胞のアセチルコリン受容体に結合することで、情報が次々に伝えられていく。
この構造は、昆虫や下等動物から人間を含む高等動物まで、ほとんど変わらない。
この神経伝達物質のアセチルコリンを阻害するのが、それまで主流だった有機リン系殺虫剤だった。これと同じ原理で開発されたのが、オウム真理教のテロ事件で使われた化学兵器のサリンだ。
これに対し、後発のネオニコチノイド系農薬は、アセチルコリンの受容体にくっついて、偽物の神経伝達物質として作用する。つまり、神経へ誤った情報を流すのだ。
この誤った情報伝達によって、脳細胞の発達がもっとも著しい胎児期から幼少期の子どもの神経細胞が、正常に分裂していかなくなる危険性がある。脳が正常に発達せず、障害を引き起こすというのだ。
細胞ひとつひとつにも、人間の発達や生体活動に必要なホルモンの受容体がある。この受容体に、環境中の化学物質が偽物のホルモンとして結合すると、誤った情報を伝達することになる。この化学物質が環境ホルモンと呼ばれるものだ。偽情報で生体反応に悪影響を与えることは、「シグナル毒性」と言われる。