医師には「忘れられない患者」という存在があるという。自分のミスに対してどう向き合うべきかを教えてくれたり、医師として大切なことに気づかされたりすることも。名医が珠玉のエピソードを明かす。
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■事実に向き合う姿勢、教えてくれた遺族の手紙
これまで8千人あまりの心臓手術を実施してきた南淵明宏医師(昭和大学横浜市北部病院心臓血管外科教授)。思い出すのは当時大学職員で57歳だった江口さんだ。自ら手がけた手術の後に亡くなった。今から25年ほど前のことだ。
当時、民間病院に勤めていて、心臓外科医として人に負けない素晴らしい手術をやろうと意気込んでいた。そんなときに大学病院からの紹介で訪ねてきたのが江口さんだった。病名は重度の狭心症。心臓の周囲にある冠動脈が数カ所狭くなっていたが、ものすごく難しいというほどの手術ではなかった。
だが、心臓バイパス手術の後に亡くなった。死因は肺からの出血。南淵医師は3日間、つきっきりで対応にあたったものの、江口さんは帰らぬ人となった。
「35歳の駆け出しだった若造に命を託してくれたにもかかわらず、救えませんでした。期待を裏切ってしまった。もうその大学病院からは患者を紹介してもらえないだろうし、訴訟になるだろう。心臓外科医はこれ以上続けられない──。そこまで考えました」(南淵医師)
亡くなったという事実を前に、まずやるべきは遺族に包み隠さず事実を述べることだった。謝罪し、手術中の様子を映したビデオを江口さんの妻に渡した。希望する患者にはそれまでも渡していたが、遺族に渡したのは初めてだった。
「僕の覚悟でした。事実を正視するという姿勢をご家族に見せたかった」(同)
手術はどんな小さなものでも人を傷つける行為だからこそ、真摯(しんし)な気持ちで向き合う。南淵医師は言う。
「神様の代わりにレンズが見ているという気持ちでビデオを撮る」
死から1年。江口さんの妻からテッセンの花の絵が届いた。江口さんが大好きな花だったという。添えられていた手紙にはこんな文章がつづられていた。
<悲しい気持ちの中で私たちを迎えたのはこの紫のテッセンでした。(中略)立派な外科医を目指して頑張っていただきたい>
「正々堂々とウソをつくことなく対応することが大事であり、それが心臓外科医、南淵の価値である。そのことを江口さんから学ばせていただきました」(同)