一般に、口の中にできる口腔がんは「食べること」「話すこと」といった重要な機能を脅かし、進行すると、食事や会話に支障が出る。一方で、肉眼で見つけられる疾患でもある。ここでは、週刊朝日ムック『新「名医」の最新治療2012』のなかから、舌がんの治療の一例を基に解説する。
* * *
2009年2月、東京都在住の野中博さん(仮名・68歳)は「舌がん」を扱ったテレビ番組を見て「もしや自分も?」とゾッとした。野中さんは05年の春に、舌の左側が白く変色し、ヒリヒリするようになった。半年後に近所の総合病院で組織検査を受けた結果、「白板症」と診断され、「現段階で治療の必要はない」と言われたが、少しずつしこりのようになっていった。テレビで紹介された舌がんの症状とそっくりだった。
白板症とは、舌の表面が角質化して白くなる病気で、5~10%は将来、舌がんに進行する恐れのある「前がん病変」だと考えられている。舌の一部が赤くなる「紅板症」の場合は、半数が将来がん化するという。
■合わない入れ歯や、歯並びも影響
野中さんは番組に出演していた昭和大学歯科病院口腔外科診療科長の新谷悟歯科医師の診察を受け、大きさが12ミリで頸部リンパ節への転移がないステージIの初期がんと診断された。がんは舌の表面の粘膜層にとどまっていたので、手術による切除範囲は小さくてすんだ。後遺症も再発もない。新谷歯科医師は言う。
「野中さんは早い段階で受診したのがよかった。多くの人は『まさか口の中に、がんはできないだろう』と思い込んでいるので、放置してしまうのです」
実際、患者の約7割は進行がんの状態で受診する。早期発見の重要性を説く新谷歯科医師は、月に1度の自己チェックをすすめる。
「がんは、歯ぐきにも上あごにもできます。口の中を指でひと通り触ってみて、違和感やしこりがないかを確認してほしい」
口腔がんのおもな原因として、たばことお酒が挙げられる。しかし舌がんだけは、飲酒や喫煙の習慣がない女性や若い人の発症例が少なくない。合わない入れ歯や凸凹の歯並びなどが舌に当たり慢性的な刺激が加わると、発がんの原因になることがあるという。
※週刊朝日ムック『新「名医」の最新治療2012』から抜粋。医師の所属は当時。