口から食事をしなければ口の中は汚れないと思われがちですが、実はまったく逆で、口からまったく食べられなくなると、細菌数が増加するといいます。「口から考える認知症」と題して各地でフォーラムを開催するNPO法人ハート・リング運動が講演内容を中心にまとめた書籍『「認知症が気になりだしたら、歯科にも行こう」は、なぜ?』では、九州大学大学院高齢者歯科学・全身管理歯科学分野教授の柏崎晴彦歯科医師が、口腔内細菌と肺炎、認知症の関係について解説しています。
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認知機能が低いほど死亡率が高いことが報告されています。認知症そのもので死亡するのではなく、認知機能の低下が様々な病気の発症や悪化につながりやすいと考えられます。実際、認知症の患者さんは身体的な不具合を適切に表現できず、理解力の低下から、適切な検査や治療を受けるチャンスも逸することがあり、その結果、慢性疾患や生活習慣病が進行することがあります。誤嚥(ごえん)性肺炎、心疾患、転倒による骨折や外傷などのリスクが高まり、さらに食事摂取量の低下により低栄養状態に陥りやすいのです。
このように、二次的に生じる身体症状の悪化が死亡原因につながりますが、もっとも代表的な死亡原因は誤嚥性肺炎です。知らず知らずのうちに唾液(細菌)が肺に入り込み引き起こす肺炎です。肺炎の発症率は増加し続けており、現在日本人の死亡原因の第3位になりました。高齢者の肺炎の多くが誤嚥性肺炎です。
■虫歯、歯周病、誤嚥性肺炎…口の中の細菌こそが、大敵
口の中は37度ほどに保たれ、唾液によって潤い、食べかすが停滞しやすいことから、細菌(常在菌)がとても繁殖しやすい環境です。歯垢(しこう)(デンタルプラーク)の70~80%は細菌、20~30%が多糖体と唾液中のタンパクで構成されており、歯垢1ミリグラム中に数億もの細菌がいます。全身の中でも、口腔内の細菌数は非常に多く、便と同じくらいのレベルといわれています。
虫歯は、糖分によって増殖した細菌(デンタルプラーク)が産生する酸が歯を溶かすことで起こります。一方、歯周病は細菌が歯周ポケットで増殖して炎症を起こし、歯を支える骨を溶かすことで歯がぐらぐらになります。つまり、虫歯も歯周病も細菌感染症で、重度になると細菌が血液を通して全身に悪影響を及ぼすことがあります。例えば、心臓病や糖尿病、低体重児出産、誤嚥性肺炎などが関連することが報告されています。だからこそ、全身の健康のためには口腔ケアが大切です。