決して厚い本ではないのに、読後感はずっしりと重い。中村文則さんの新刊『その先の道に消える』は、緊縛をモチーフにしたミステリー仕立ての小説だ。
「16年書いてきて、到達点になる作品が一つできた。自分で読み返したときに、そう思いました」
アパートの一室で緊縛師の遺体が発見される。部屋には刑事が思いを寄せていた女性の痕跡が残されていた。風俗店の男と「奴隷」になった女性たち、神社の宮司らの人生が交錯し、意外な結末へと進む。
「緊縛というSMの性的な話から、緊縛に使われる麻縄、神社のしめ縄、日本文化、日本が誕生したときの神話まで、無理なくテーマがつながっていきました。神話まで行くとは自分でも思っていませんでした」
殺された緊縛師は日本人の独自性を誇りにしていた。ただ、日本の伝統の素晴らしさはあるものの、日本の成り立ちにさかのぼれば他地域からの影響は否めない。ミステリーに溶け込ませる形で、ナショナリズムに冷静さを突きつける要素を入れられたという。
物語に並々ならぬ緊張感を与えているのが緊縛シーンだ。中村さんは緊縛の世界を知ったとき、純文学のテーマになると考えた。人間の精神の奥まで届く深さを感じたからだ。
「縛られることによって、性に対する躊躇(ちゅうちょ)をあきらめ、解放される。いつもより乱れることを自分に許せるという方も多い。僕は善悪の境界をずっと書いてきたんですけど、SMも善が悪に、苦しみが快楽になる」
男性だけの目線にならないように、縛られる女性の気持ちを取材し、文章チェックもしてもらった。「これを読んだら、経験ある人はぐっときますよ」と女性に言われたそうだ。