さすがにこうなると慌てて歯科医院にかけこむ人がほとんどです。このような場合、まずは歯ぐきを外科的に切開して膿を出します。これにより痛みは消失しますが、溶けて失われた骨が再生するまでに何年もかかります
■重症むし歯から死に至るケースもある
根尖病変からは、まれに敗血症を発症することもあります。敗血症とは細菌やウイルスなどの病原菌が血液から全身に入り込み、炎症を起こす結果、命を脅かすような臓器障害を起こすものをいいます。急速に多臓器不全が進み、死に至るケースもあります。ちなみに、2017年に42歳で亡くなったプロ野球、西武ライオンズの森慎二コーチの死因は、溶連菌の感染による敗血症でした。
敗血症の感染ルートは多様で、明らかな原因がわからない場合も多いのですが、むし歯を放置したことがきっかけで敗血症から死に至ったケースが報告されています。
歯が感染の温床となるのは、からだの外側と内側の境界を貫いている、唯一の臓器だからです。全身でみると、皮膚に切り傷などができない限り、からだの内側に菌が侵入する入り口はないですが、歯と歯ぐきの間にある歯根膜の血管は歯の奥、からだの内側へとつながっています。歯髄には細い血管が通っており、この血管も歯の根から、骨、さらに全身の太い血管へとつながっています。
そして口の中は細菌だらけです。むし歯がひどくなったり、歯周病で歯ぐきが傷ついたりすると、破れた血管から増殖した細菌がからだの中に入り、全身をまわる可能性があるのです。
からだが健康であれば、このようなことになっても大事には至りませんが、抵抗力が落ちているときに細菌が大量に入ってくると、からだが細菌に負けてしまい、病気を発症するリスクが高まるのです。
実際に歯周病菌が原因となって発症したり、悪化したりする病気の存在が明らかになっています。例えば心筋梗塞(しんきんこうそく)の原因となる動脈硬化の一種に、アテローム性動脈硬化症(コレステロールなどの脂質が動脈の内膜に粥状に沈着している動脈硬化)があります。その患者の病変からは歯周病菌が検出されたという結果が、多数報告されています。
重症の歯周病の人は、血液検査をすると炎症反応を示す白血球の数値が高く出ることが知られています。からだにこれといった病気が見当たらないのに、血液検査で白血球の数値が高く出た場合は、「歯周病を疑うべき」と言われています。
このように、歯の感染症は軽視すると大変、危険です。痛いけど我慢、するのではなく、「痛みはからだの危険信号」ととらえ、早めに歯科にかかってほしいと思います。
◯若林健史(わかばやし・けんじ)
歯科医師。若林歯科医院院長。1982年、日本大学松戸歯学部卒業。89年、東京都渋谷区代官山にて開業。2014年、代官山から恵比寿南に移転。日本大学客員教授、日本歯周病学会理事、日本臨床歯周病学会副理事長を務める。歯周病専門医・指導医として、歯科医師向けや一般市民向けの講演多数。テレビCMにも出演