高校生の時、早稲田の演劇サークルの舞台を、大隈講堂に観に行った。演目は「セールスマンの死」。ピュリツァー賞を受賞したアーサー・ミラーの代表作だ。家族と折り合わず、職も失い、最後に自死を選ぶ主人公の心情を、10代の風間杜夫さんは理解できぬまま、帰途についた。
50年以上の歳月が過ぎ、演出家の長塚圭史さんから、「『セールスマンの死』の主人公をぜひ風間さんで」というオファーがきた。
「今年はミュージカルにも出演しましたし、60代も終わりに近づいて、いろいろ挑戦しているなという気はします。僕自身、怠け者だからなのか、恵まれていたのか、俳優という仕事に関して『あれをやらせてほしい』など、自分をセールスしたことはなくて(笑)。周りのほうが自分をわかっていると思い込んでいる節があるので、現場ではすべてを演出家に委ねます。根が楽天家なんです。つか(こうへい)さんのところでは、“エキセントリックハイテンションボーイ”なんて呼ばれて、走り回って絶叫していましたし(笑)。いつも『これをやってみたら?』と言われて、やったら面白かったというのがほとんどなんです」
主人公ウィリー・ローマンは、仕事と家庭の問題から逃げるために過去にすがり、自分を見失っていくが、その状態を、“認知症”などという言葉で片付けないようにしようと、長塚さんと話し合ったという。
「人間としてのプライドや焦りがあるからこそ、精神的に追いつめられ、妄想に逃げざるをえない状況は理解できる。僕だって、今でこそ平穏を手に入れていますけれど、父親から、『二度と敷居を跨がせない』と言われて詫び状を書いたこともあれば、息子と怒鳴り合いの喧嘩をしたこともある。自分のこと以外にも、結構細かいことを記憶していて、それが台詞を言う時のよすがになったり。役者にとって記憶することは大事なので、いろんなことを忘れないでいようと思うんですが、最近はめっきり忘れっぽくなりました(笑)」