西武ライオンズの元エースで監督経験もある東尾修氏が、今季での引退を決めた広島・新井貴浩選手に言及する。
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広島の新井貴浩が現役引退を発表した。本当にお疲れ様と言いたい。4年前に阪神から広島に戻って、チームは常勝軍団となった。もちろん選手個々のレベルアップが前提にあるが、新井が「勝つために何が必要なのか」と、背中で教えてきたからこそ、今のチームがあると思う。
チームがリーグ3連覇を目前としている中で、引退会見を行うことができる。そして、試合も数多く残しているし、新井のプレーはまだ見ることができる。最高のタイミングでの引き際となるし、これは新井がプロの世界で20年間、野球に真摯(しんし)に取り組んできたご褒美ではないかと感じる。
周囲に感謝して野球ができる選手だ。名球会のイベントでも率先して物事に取り組んでくれている。ベテランという存在はチームの重荷になってはいけない。常に周囲との距離感を意識して、時折アドバイスを送り、チームを引き締めるくらいがちょうどいい。若手がのびのびと、自分の特長を発揮できる今の広島を見ていれば、新井がどれだけ絶妙の立ち位置でチームを支え続けているかわかる。
新井は自分のことを「不器用で下手クソ」と話しているが、実直でひたむきに野球に取り組んだからこそ、道は開けたのだと思う。2003年、金本知憲(現阪神監督)が移籍した際に、当時監督だった山本浩二さんが、辛抱強く4番で起用した。まじめであればあるほど、4番という重責を背負ってしまうが、彼は不振であっても、グラウンドでは前を向き続けた。
私もちょうどプロ生活20年目だった。1988年の中日との日本シリーズ。先発ローテーションから外れた私は第1戦(ナゴヤ球場)で、4−1で迎えた八回無死一、二塁、彦野利勝の打席で先発の渡辺久信をリリーフした。当然、最後まで投げ切るつもりでマウンドに上がったが、当時の森祇晶監督の言葉は「この一人を抑えてくれ」。森監督からすれば、単純に勝つための最善手として、一人を確実に抑えてほしいとの思いから出た言葉だったろう。結局ピンチを切り抜け、九回も投げ切ったが、その言葉は私の心に強く残り、引退を決意した。