「私が宮内庁長官の時期から招請はありましたので、実現まで長い時間がかかりました」
東南アジアの中でまだ天皇として訪問していない最後の大国である。一方で、この地でも「8月15日で終わらない人知れぬ苦しみ」(庄司氏)にある人たちと向き合った。
日本軍は40年にベトナムに進駐したが、幸い戦場にはならなかった。終戦を迎えても一部の日本兵は日本に帰還せず、フランスからの独立をかけ、ベトナム独立同盟に協力。残留日本兵たちはベトナムの女性と結婚して家族を持った。
だが、東西冷戦が始まると旧日本兵は日本に送り返され、家族は引き離された。
両陛下は、滞在するホテルで歴史に取り残された妻ら元残留日本兵の家族と面会した。その中に93歳のスアンさんがいた。天皇陛下は、涙をあふれさせながら自らの半生を語るスアンさんに向き合い、美智子さまは、スアンさんの前にしゃがみ、手をそっと握った。
両陛下はベトナム戦争で米軍の枯れ葉剤によって「結合双生児」として生まれたグエン・ドクさんや、戦後の劣悪な環境で「口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)」を治療できない人びとに無償で手術を続けてきた日本人医師とも会った。いずれも両陛下の思いで実現した対面だった。
羽毛田氏は、フィリピンとベトナム訪問について、
「国際親善と先の大戦の犠牲になった人たちを思う旅と両方の要素を持っていた」
と感じた。
そして16年8月8日、陛下が「象徴天皇としてのお務めについて」公表されたおことばの趣旨を体現した旅でもあった。
あのとき陛下は、こう述べた。
「身体の衰えを考慮するとき、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないか」
逆に言えば、退位までは全身全霊でひとりでも多くの国民と心を通わせる。その積み重ねを通じ、平和の尊さと、決して戦争をしてはならない、というメッセージを自ら示している。
現在、昭和館(東京都千代田区)の館長を務める羽毛田氏はそう感じている。
2018年は、明治維新の1868年から起算して満150年にあたる。
太平洋戦争の4年弱を挟み、前半は日清・日露戦争と、戦争に次ぐ戦争の時代で、終戦から折り返しの半分は戦いのない時代だった。
羽毛田氏はこうも続ける。
「両陛下は人びとの悲しみと苦しみの現場に、常に自らを置こうとなさる。そんな陛下が在位する平成は、戦いのない時代で幕を閉じようとしているのです」
(本誌・永井貴子)
※週刊朝日 2018年9月14日号