「抗体療法でがんを殺すには、ある程度の抗体量が必要です。分子標的薬の副作用は抗がん剤より少ないとはいえ、がんの増殖を抑える目的の量を投与すれば副作用も起こります。光免疫療法は光によってさらにポイントを絞りこんで治療するため、抗体療法に比べると非常に少ない投与量で済みます。副作用の軽減はもちろん、既存の抗体をベースに利用し、しかも少量で済むとなれば、コストを抑えることもできます」(土井医師)
日本で始まった臨床試験も、アメリカと同様に再発した頭頸部がんが対象だ。EGFRは発現しやすいがんとしにくいがんがあり、頭頸部の扁平上皮がんはほとんどの症例に発現する。さらにからだの表面に近い位置にあるので、外部からの光が届きやすい。
「EGFRは大腸がんや胃がん、食道がん、胆道がん、一部の膵臓がんにも発現するので、応用できる可能性が高い。ただ近赤外光が届く深さは3、4センチまでなので、からだの表面から照射している現段階では深部にあるがんの治療は難しい。今後、内視鏡などで照射できるようになれば治療の可能性は広がります」(同)
照射機器も今回初めて治療に使われるため、抗体薬と同時に機器の臨床試験もおこなっている。
「また、今回ベースに使用したのはEGFR抗体ですが、がん細胞に結合する抗体はEGFR以外にもいくつか見つかっていて、すでに分子標的薬になっているものもあります。抗体の種類によって発現するがんの種類もさまざまなので、より多くのがんに広げていくこともできそうです」(同)
■転移がんに効く可能性も
臨床試験が先行するアメリカでは、かたまりで存在するがんを小さくする「局所治療」としてのみ、光免疫療法の効果が証明されている。しかし理論上、血液中や遠隔臓器などに飛んだがんに対する「全身治療」でも効果が期待できるという。
光を当ててがんの細胞膜が壊されると、死滅したがん細胞のかけらを「免疫細胞」の一種である樹状細胞がキャッチし、外敵と判断。すると、T細胞という免疫細胞が活性化され、全身のがん細胞を攻撃するようになる――という理論だ。「光“免疫”療法」の名称のゆえんで、アメリカでは遠隔転移にも効果を上げるべく、研究が進められている。土井医師は言う。
「免疫療法として成果を上げるには、ほかの薬剤や医療技術などとの併用を検討していくことになるでしょう。まずは局所治療の効果を確実にし、患者さんに提供できるようにすることが大事です」
現在、日本の臨床試験は、国立がん研究センター東病院のみでおこなわれ、再発頭頸部がんにしぼって安全性を確認している最初の段階だ。今後、その成績次第で効果や最適な投与量などを調べる次の段階の試験がおこなわれる。がん患者の期待は大きく、問い合わせも多いという。
「すべてのがんが臨床試験の適応になるわけではありません。有望な治療だからこそ、今後試験を積み重ねながら慎重に見極めていく必要があるでしょう」(土井医師)
(文/熊谷わこ)
※週刊朝日ムック「がんで困ったときに開く本2019」から抜粋