

落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「デビュー戦」。
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大学時代を江古田という街で過ごした。初めて酒を飲んだのも江古田。落語研究会に入り、その日に先輩のなじみの居酒屋へ。何杯飲んでも緊張で酔わない。「いけるね!」と先輩たち。
「OBに紹介するよ」と翌日同じ店に7、8人が集まった。OBはみな25~30過ぎの立派な大人だ。唯一の新入部員の私は、たいそうチヤホヤされた。
いざお開きの段、一番上のOBが「じゃぁ、皆さん。川上くん(私の本名)の入部を祝して……北北西はあちらでよいかな……」と促し、私以外の全員が同じ方角を向いてうつむき、胸の前で両手を組んだ。
「マー・バンドラー・カンテナー・サンダーナー・ハンテーナー………」
大声で謎の経文のようなものを唱え始める。白目を剥いて、声を一際張り上げる先導者。ざわつく店内。その間、2分。私には2分が2時間にも感じられた。どうやら大変にマズイ団体に入ってしまったようだ。穏便に退部するにはどうしよう……。
「ウーデナー・マハラーダー・サッポン! ウーハー・コーレハー・ホンーノー・ワールーイー・ジョーダーンヨーン……」
全員で声を合わせて「ジョーダーンダヨーンダヨーンダヨーンダヨヨヨヨーン!」。その後は脱力した勢いで、初めて二日酔いになるほど飲んだ。
4月末に新入生歓迎コンパがあった。もちろん新入生は私だけ。また「新入生による一発芸披露」という誰も得をしない伝統があるらしい。前日は先輩と飲んでいた。帰り際に「川上、明日は緊張をほぐしてから来い」と一升瓶を渡された。
翌日、昼過ぎから自宅でなんとなく湯呑みでやり始める。初めて飲んだが、日本酒美味いな。つまみはカールがあればいい。炙ったイカなぞなくていい。しばらくしたらチューハイが飲みたくなってきたので酒屋に買いに。チューハイ日本酒ビール日本酒チューハイ。ビールとチューハイをチェイサーに日本酒。一番やってはならないパターンだ。15時を回ったあたりから知り合いに電話をかけまくって、笑いながら意味不明の経文を唱えていたらしい。気づいたらPHSがガンガン鳴っている。台所に倒れている私。コンパの開始時間はとっくに過ぎている。