「いったん落ち着こう……」。先輩からの着信は無視。家を出た。ほぼパジャマの格好でアパートから徒歩10分の居酒屋を這うように目指す、路肩に吐き散らしながら。職質に遭うこと2回。警官から「今日はもう帰りなさい」と諭された気がする。

 ドロドロの寝巻き1年生が1時間遅れてやってきても先輩たち「おー! 待ってたぞー!」と優しかった。一発芸は飲みながら考えた「『太陽のKomachi Angel』を唄いながら自分の身体に張り手をして真っ赤に染まったら、太陽のものまねをして座敷を悠然と練り歩く」というもの。『太陽のものまね』ってなんだ? 水を打ったような沈黙のなか、ヘロヘロで完遂すると「気持ちは買う!」という評価を頂いた。

 先日、所用があって江古田のその居酒屋の前を通りかかった。店の戸には『45年のご愛顧ありがとうございました』との貼り紙が。「こちらこそ『デビュー戦』をありがとう!!」と心の中で平伏したのだ。『引退試合』も、そこと決めていたのにな。

週刊朝日  2018年6月8日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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