もし、あのとき、別の選択をしていたなら──。ひょんなことから運命は回り出します。人生に「if」はありませんが、誰しも実はやりたかったこと、やり残したこと、できたはずのことがあるのではないでしょうか。昭和から平成と激動の時代を切り開いてきた著名人に、人生の岐路に立ち返ってもらい、「もう一つの自分史」を語ってもらいます。今回は女優の吉行和子さんです。
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■恋心ですか? 死ぬまで持っていたいですよ
やり残した夢や、もう一つの夢って、とくに思い浮かばないんですよ。本当にいい職業を選んだなって。
今の年だからできるという役が必ずある。いつも新しいことができて、退屈せずに済む。これから先、もっと年を取るんですが、その年の自分に合う役がくるって信じてます。
だから、ちょっとでも若い役をやりたいなんて思っちゃダメ。それは悲劇の元ですね。年は取っても、まだ悟っていない、好奇心いっぱいな、そういう役をやってみたいですね。
時代にも助けられてますよね。高齢化社会になって、映画を作る側が年寄りにスポットを当てるようになった。おかげでいろんな人生をやらせてもらっています。これを「もう一つの自分史」と言ってもいいかもしれません。若いときは想像もしていませんでしたから。
――女優生活は60年を超える。一つの転機は、42歳のとき。大島渚監督の「愛の亡霊」(1978年公開)に出演した。夫のある女性が、若い男を命がけで愛してしまう情念の物語だ。大島監督は当時、「愛のコリーダ」の大胆な性描写で物議を醸していた。「愛の亡霊」はその次作とあって、当然、周囲は心配したという。
今はそうでもないけど、当時は30代、40代になった女優には、面白い役はまわってこなかった。女として評価されなくなるのよね。このまま近所のおばさんみたいな役ばっかりやってくのかな、それもつまんないなって思っていたとき、「愛の亡霊」に出合ったのです。