落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「ベテラン」。
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今、都内の某中学校内の食堂にいる。今日は長男の受験日、私はその付き添いだ。付き添いの者は食堂で待機。なにぶん初めてのことで勝手がわからない。試験が終わるまで4時間……週刊朝日の原稿にむかうとしよう。
昨夜から降る雪のため、登校中に靴が濡れて靴下まで染みてきて気持ちが悪い。かつ硬い椅子で尻が痛い。保護者で溢れかえった真新しい食堂は、なんだか居心地が悪い。
隣のテーブルには還暦過ぎくらいのおじさん。孫の付き添いか。尻の下に持参のクッションを敷き、足元は雪道に備えあったかそうな長靴。魔法瓶のお茶を飲み、ポータブルの将棋盤を広げ、本を片手に独りでパチパチやっている。ひたすらに携帯をいじっているだけの父母のなかで、なかなか異彩を放っている。この道のベテランと見た。
向こう側のテーブルには小学校低学年の女の子とお母さん。「終わったらおやつあげるから!」と漢字の書き取りをさせている。上の子の付き添いに妹を同伴させ、待っている間に宿題をやらせようということか。お母さんはノートパソコンを開いて、何やら自分の仕事をしている様子。そのうちにカバンからタッパーに入ったカットフルーツを取り出した。おやつも持参。無駄がないね。こちらもかなりのベテラン感。
トイレを探そうと廊下に出ると、角かどに生徒が立って案内をしてくれている。
うっすら口髭を蓄えた、付属高校・3年生の男子。柔道部っぽい体格。毎年手伝いに駆り出されるのか、案内役もなかなか堂にいったもの。
「ご苦労様ですっ! お手洗いは突き当たりを右です! お足元、“濡れておりますので”お気をつけください!」
『滑りやすくなってますので』と言いたくなるところを、受験日に『滑る』とは決して言わない高校3年生の気遣い。私の考え過ぎだろうか? グッジョブ! 柔道部っ!(勝手なイメージ)さてはおぬしベテランだな。