

「人生って、どうなるかわからないものですよね」
【藤田富フォトギャラリー】取材時の様子や主演映画のスチールカットを紹介
2012年に東京医科歯科大学歯学部に入学した(いまは休学中)。物心ついたころから「医師になる」という目標を掲げて受験勉強に励んできた。
「完全に親の影響です。僕に医者になってほしかったみたいで、幼いころから『お医者さんってかっこいいよね』と言われ、医療関連のテレビ番組なんかもよく見せられていました。特に疑問も抱かず、僕は医学部に入って医者になるんだと思っていました」
といっても、両親が医師だったわけではない。
「父は会社員で、母は専業主婦。ただ、母はかつて米国の大学にいて、英語がペラペラなんです。『富』と書いて『トム』と読む名前にも、海外で通用するようにという意味が込められています」
お医者さんになる――そう決意した藤田少年は大阪から東京に転居後、中学受験に臨む。東京学芸大付属世田谷、駒場東邦、巣鴨などの難関校に挑んだ。
「出身者に医師が多い駒場東邦が第一志望でしたが、落ちちゃいました。結局、自宅から自転車で通える中高一貫校・国学院久我山に進学し、『この学校でトップ5を維持してやろう』と考えました。過去の進学実績を見たら、5位以内に入っていれば、いい大学に行けそうだったので」
とはいえ、国学院久我山も有数の進学校。トップ5の維持は簡単ではない。
「じつは僕、中学までは太ってたんです。それが高校でテニス部に入ってから痩せてきたんですね。で、色気づいちゃって、そのせいで成績も下がっちゃって(笑)。東京医科歯科大の医学部をめざしていたのですが、現役のときはセンター試験の結果がいまひとつだったので、福島県立医科大学を受験しました」
結果は不合格。私立の杏林大学医学部には受かった。
「でも、私学の学費は高くて。両親の間では大阪の家を売って学費を捻出しようという話まで出たので、『ちょっと待って。来年、国公立を受けるから』って」
予備校での浪人生活に入った。