春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。JFN系FM全国ネット「サンデーフリッカーズ」毎週日曜朝6時~生放送。メインパーソナリティーで出演中です
地方の落語会にて開演前の主催者の挨拶で…(※写真はイメージ)
落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「ノーミス」。
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先日、地方の落語会にて開演前の主催者の挨拶。50がらみの品のいいご婦人です。
「本日ご出演の一之輔師匠は朝日新聞出版から『いちのすけのまくら』というエッセイ集を出されまして、これがたいへんに面白く……」
挨拶の中で新刊本の紹介までしてくれてるではありませんか。終演後は本の物販もあるのでなによりです。舞台袖で独り恐縮していると、「ではちょっとお時間を拝借しまして、その一節をわたくし朗読させて頂きます……」。お前が読むんかーい!? 観客からはまばらな拍手。
私は思わずその場にしゃがみこみましたよ。耳をパカパカしながら、「あーあーあー! 聞こえナーイ! 聞こえナーイっ!」ってやっちゃった。
どんな文豪でも、さほど興味を持っていない聴衆を目の前に、自分がごく軽い気持ちで書いたエッセイを、自分がその場にいるのに、他人(一般人)に朗読されるのは、「いや、ちょ、まっ、勘弁してくださいよーっ!!(汗)」と言うはず。つーか、あの本は私の「日記」みたいなもんですから。「日記」を朗読されるのはつらいよ。してみりゃ、年端もいかない子供たちに、無闇に大声でつっかえつっかえ『智恵子抄』を音読されている高村光太郎って、あの世でどんな気分なんでしょう……?
ましてやこの本は爆笑するほど面白いものじゃないからね。かといって、やっぱり「クスクス……」ぐらいはきてほしい。はたして音読で文のニュアンスが伝わるか……。ましてや読むのは素人のおばさん。たどたどしく読まれては全てが台なしだ。
袖で「せめてつっかえたりはしないでくれー」と祈ってたら、非常に流暢な語り口でまさかの『ノーミス』で読了。しかし聴衆は老亀のごとく沈黙……。枯山水の庭を眺めてる団体さんのほうがまだ騒々しいくらいである。主催者「というような、面白コラムが100篇載っています。ぜひ書店で」。絶対買わないよ!! そんな満座を静まらせる本っ!! 余計なコトを!
「作者がお書きになった通り読まなければ失礼に当たるので何度も家で練習してきました」「練習したんですか? ご家族はなにも?」「聞かれないように、家族の居ない昼間に練習しました。大きな声で練習しないとミスしますから、本番さながらに1日10回5日間みっちりと!」
生田悦子さん似のお姉さまが、私の駄文を本息で、家族の目を盗んで、計50回も読み上げてくださったのか。苦労あっての『ノーミス』に感涙だ。観客の反応など、どうでもよくなった。
しかし、ひとつ気になるのはなぜお姉さまは100篇あるエッセイの中から「社長」を選んだのか。そしてタイのホステスさんが「シャッチョーサーン、シャッチョーサーン」と繰り返すテキストを流麗に朗読する生田悦子を見て、なぜ聴衆はクスリともしないのか……。そして、なぜ本がけっこう売れたのか……。私同様、気になる読者の皆さん。ぜひ『いちのすけのまくら』を買って確かめてみてください。
※週刊朝日 2018年2月16日号