

落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「猫」。
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子供のときから、どうも猫とは相性が悪い。思い起こせば自業自得なんだが、物心ついた頃の出会いがよくなかった。
保育園の年長のある日のこと。私は塀をつたって歩いてたノラ猫めがけて、下から小石を投げて遊んでた。いじめる意図はない。ハタから見ればそうとしか見えないかもしれないけど、「やることないし誰か遊んでくれないかなー」と、ちっちゃい小石で、私的には戯れていたつもりだ。
「ニャー(汗)」と塀の端まで追い詰められた猫は、突然くるっと振り返ると、全身の毛を逆立て「ヴゥーッ!!!」とこちらを威嚇してきた。
「テメエ、ヤッテヤルゾ」
血走った目が明らかにそう言っている。
私は生命の危険を感じたが、不思議なもんで「あひ……」と言ったまま、魔法をかけられたように足がすくんで動けなくなった。次の瞬間、猫が頭上から大の字になって飛んできた。4本の足を目一杯ピーンっと張って、殺気を帯びた眼。
「わくわく動物ランド」で観たばかりのムササビの飛翔シーンのようなスローモーション。そして顔の前でストップモーション。一瞬目が合ったかと思うと、あのとき確かに「シャキーン!!」と音がしたはず。猫は両手の爪で、私ののど笛をX字に切り裂いた。血まみれの保育園児を尻目に悠々と走り去る猫。生物として、あちらのほうがはるかに上をいっていたのは間違いない。