日本会議系の集会で流れた安倍首相のメッセージ(c)朝日新聞社
日本会議系の集会で流れた安倍首相のメッセージ(c)朝日新聞社
安倍政権周辺の主な「保守系」経済人団体・グループの主な顔ぶれ(週刊朝日 2017年12月29日号より)
安倍政権周辺の主な「保守系」経済人団体・グループの主な顔ぶれ(週刊朝日 2017年12月29日号より)

 改憲に向け動く、安倍晋三首相。全国規模にネットワークを張り巡らせる日本最大の右派団体「日本会議経済人同志会」(以下、同志会)を味方につけるなど、その人脈を使い、着々と準備を進めている。

【安倍政権周辺の主な「保守系」経済人団体・グループの主な顔ぶれこちら】

 一方、“ウラ経団連”とでも言うべき存在が、戦前の1933年から現在まで存続する「国策研究会」だ。

 終戦後、GHQの命令で解散させられた同会は、旧軍人や財閥に人脈を持つ“フィクサー”的な存在だった矢次一夫氏により復活。安倍氏の祖父である岸信介氏が名誉会長となり、三井、三菱、住友など財閥系の経営者や中堅幹部、官僚などが集まるサロン的な場として、料亭での勉強会などを開いていた。

 岸信介元首相の時代から3代にわたって安倍家と交流があるライフコーポレーションの清水信次会長兼CEOは、そのきっかけをこう振り返る。

「国策研究会という場で岸さんと出会ってから世界が広がりました」

 矢次氏が国策研究会の中に69年、日韓協力委員会などを設立し、岸氏が初代会長に就任。国策研究会のメンバーと日韓協力委とは重複するメンバーも多く、清水氏も同様だった。

「日韓協力委員会は歴代首相が理事を務め、執行部は政官財が一体となったメンバーだった。岸さんのお供で韓国に行くとじっくり会議をして、最後は青瓦台(大統領官邸)まで報告に行ったものです。韓国に製鉄所や造船業、自動車産業をつくろうと三菱自動車などのメーカーが協力して技術を伝えたり、サムスンが日本に支店を出すときにみんなで協力したりしました」

 清水氏は93年から06年まで国策研究会の理事長、12年から15年までは会長を務めたが、安倍首相とは首相が父の晋太郎元外相の秘書時代からつきあいがあり、06年の第1次安倍政権の発足直前には財界人を集め、安倍首相誕生への会合も行った。

「外交好きはおじいさん、お父さん譲りでしょうが、戦後生まれで戦争のむごさを知らない晋三さんと2人は似て非なるものかもしれない。トランプ大統領がおかしな方向に向かっても、日本はどこまでもついていくじゃ話にならん。私は消費税導入を巡り、竹下登首相(当時)と侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をしましたが、今ではそんな国家のグランドデザインを話し合うような雰囲気はなくなりつつあるようです」(清水氏)

 安倍人脈の果てにくる日本の未来はどのようなものなのだろうか。(本誌・小泉耕平)

週刊朝日 2017年12月29日号