帰りの時間が近づいても施設側から、帰り時間を知らせる合図はなし。出発時間が伝えられているだけで、支度に時間のかかる人は自ら早めに準備する。時間になると複数台ある送迎車の中から、自分がその日に乗る車を確認して帰路につく。

「利用者に極力、“お客さん感覚”を与えず、当事者意識を持ってもらうことが大事。利用者自らが考えて行動するのをサポートするのが、私たちの役目だと思っています」

 整えすぎず、あえて“不便さ”を残す。“余白”が、利用者に主体的に動く意識を芽生えさせる。同施設は、そうしたサービスのあり方を「引き算の介護」と表現する。

「リハビリとは本来、いかに“引き算”であるかが大事。周りが何でもやってあげることより、どれだけ引いてあげるかが重要です」

 一般的なデイサービスと比べると、施設内は明らかに不便で、サービスは不親切だ。しかし、イキイキとした表情で、思い思いの時間を過ごす高齢者の姿が目立つ。ある利用者の女性(81)は、「ここに入って、自分を取り戻せた」と話す。

「身の回りの世話を何でもしてくれる施設を利用してたけれど、どんどん気力も体力も落ちていくのがわかって。私は動けるうちは最大限に動きたい。だからここが合ってるんです」

 多くの高齢者施設は、手取り足取りの“足し算”が当たり前。そうした介護の在り方に半田さんは危機感をもっているという。

「お互いに楽で、安全性を保てるという考えもあります。でも、それでは高齢者自らが考えて行動する能力を奪いかねません」

 便利さが加速する今、あえて物事に“不便さ”を設けるという仕組みが広まりつつある。手間が必要だったり、制約があったりしたほうが、最終的に自分にとって何らかのメリットを得られるという考え方に基づく。京都大学デザイン学ユニット特定教授の川上浩司さんは、それを「不便益」と呼ぶ。近著『ごめんなさい、もしあなたがちょっとでも行き詰まりを感じているなら、不便をとり入れてみてはどうですか? ~不便益という発想』の中で、提唱している。

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