川上さんは今、あらゆる分野で便利さが加速する一方で、その弊害も増えていると指摘する。

「便利さは時に、人間の創造性や能力を奪ってしまう側面があります。だからこそ、不便や制約という“手間”や“工夫の余地”をいかに残すかを考えなくてはならない。いかに不便を設計するかは、これからの社会で避けては通れないものだと思います」

 この不便益の考えを取り入れ、介護やリハビリの現場で注目されている製品が、「足こぎ車いす」(COGY)だ。足元にペダルが付いていて、移動するためには自分でこがないといけない設計は、電動車いすとはまさに真逆の発想。利用者の約7割は、医師から「リハビリが困難」と判断された人だという。

 不思議なのが、リハビリが困難でも、足こぎ車いすでは足を動かせたという例が相次いでいること。その理由は、人が本来持っている歩行反射を生かした作りだ。同製品を開発した鈴木堅之さん(TESS代表取締役)は言う。

「片足を動かした後は、もう片方の足を動かす、という歩行反射が、足でこぐという動作につながっています。脊髄の原始的歩行中枢から出る反射的な指令が、足を動かす力になっていると考えています」

 鈴木さんは当初、電気を通して筋肉を動かす研究を重ねていたが、あるとき被験者が歩行反射で足を動かしたのを見て、考えを一転。人が本来持つ反射を、いかに促すかという考えに行き着いた。そのためには、便利さの追求よりも、足こぎという「不便」をあえて設計するほうが効果的だった。

「電動車いすに慣れるにつれ、足がみるみる細くなり、動かなくなる人を目の当たりにしてきました。便利さをそぎ落とすことが、人が本来持つ能力を呼び起こすことを証明しています」

 デジタル化が進む一方で、漢字能力の低下が指摘されている昨今、不便によって、それを強化するというユニークなシステムもある。それが、あえて間違った漢字に変換されてしまうという「かな漢字変換システム」。間違いに気づいて正しい漢字に修正するまで保存できないという仕組みで、入力した漢字が合っているか、意識を向けざるを得ない。

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