西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。帯津氏が、貝原益軒の『養生訓』を元に自身の“養生訓”を明かす。
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【貝原益軒 養生訓】(巻第七の2)
孫思(そんし)ばく曰、人、故なくんば薬を餌(くらう)べからず。
偏(ひとえ)に助くれば、
蔵気不平にして病生ず。
養生訓では、薬の用い方についても、全8巻のうち1巻を使って60項目にわたって書かれています。巻の冒頭で薬に対する戒めをじっくり説いた上で、薬の種類や飲み方、煎じ方といったことが、事細かに語られています。
薬に対する戒めは次のようなものです。
「孫思ばくいわく、わけもなく薬を服用してはならない。薬によって、かたよってよくしようとすれば、体内の気が乱れて、病が生じる」(巻第七の2)
養生訓にときおり登場する孫思ばく(581~682)は唐初に活躍した医者にして神仙家です。著書に唐代以前の医薬書の集大成といわれている『備急千金要方』があります。
さらに益軒は医者を上、中、下の3段階にランク付けして、「上医は病を知り、脈を知り、薬を知る。下(か)医はこの三つを知らないので、みだりに薬を投じて、治療をあやまることが多い。中医は病と脈と薬を知ることにおいて、上医にはおよばないが、薬はすべて気をかたよらせるので、みだりに用いるべきでないことを知っている」(巻第七の1)と説明します。
また、明代(1368~1644)の医者、劉仲達(りゅうちゅうたつ)の『鴻書(こうしょ)』を引用して「病になって、もし名医に出会わないときは、薬を飲まずに、ただ病が癒えるのを静かに待つのがいい。自分の身を愛し過ぎて、医者の良否を選ばないまま、みだりに早く薬を用いてはいけない」(巻第七の3)と説き、「病の災いより、薬の災いの方が多い。薬を用いずに慎重に養生を行えば、薬の害はなくて、病は癒える」(同)と言い切っています。
しかし、一方では薬を上手に用いて生活の質を上げるというやり方もあります。例えば、私は痛風持ちです。これを養生だけでコントロールしようとすれば、大好きなビールも酒も、イクラも筋子も明太子も控えなければなりません。私にとってこれでは、生活の質を下げること甚だしい。だから、毎日、朝1錠の抗尿酸剤を服用して、ビールも明太子も楽しむことにしています。
このほか、30年来、朝晩に血圧を下げる降圧剤を飲んでいます。これで、塩分を気にしたりする必要がなくなります。つまり、薬を飲んで、生活は乱暴にというライフスタイルなのです。益軒先生には怒られそうですが、心の安定を考えれば、これも養生の術です。
がん治療で悩ましいのが抗がん剤です。抗がん剤はがん細胞をたたきますが、正常細胞も傷つけてしまいます。そういうジレンマを持った薬なのです。しかし、がんとの闘いにおいては、使える武器をなんでも使う必要があります。いずれ副作用の強い抗がん剤治療はすたれていくでしょうが、今のところは緊急避難的に使うこともあります。効果と副作用を秤(はかり)にかけて、使うべきか、使わざるべきかを判断するしかありません。
※週刊朝日 2017年9月8日号