イリノイ・ジャケー『C Jam Blues』
イリノイ・ジャケー『C Jam Blues』
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●評論家って、何?

 音楽評論家とは、なんでしょう。

 私は、「音楽について評価を記すことによってギャラをもらうひとは、すべからく音楽評論家である」と思っています。

 ジャズに関して、その行為をおこなえば、すなわちそのひとはジャズ評論家です。

 私もそのひとりです。正直言って「ジャズ評論家」と呼ばれると、ちょっとむずがゆいところもありますが、そもそも肩書きなんて他人が決めること。自分で肩書きを決めて、それを他人に求めるのはヤボです。

 大先輩のジャズ評論家、I先生は、かつてこうおっしゃいました。

 「肩書きなんてどうでもいいんだ。“ジャズ評論家”でも“ソープランダー”でも、僕は構わないよ」

 “ソープランダー”…いいですね。今にも8ビートに乗ったリー・モーガンのトランペットが聴こえてきそうです。I先生はかつて、ソープランドがまだ某共和国の名前で呼ばれていた頃から、あちらこちらにいりびたり、待合室でレコードの解説を書いたという伝説をお持ちです。

 私も先生に対抗して“キャバクラー”とか“ヌードウォッチャー”とか呼ばれる日が来ないかなあと秘かに思っているのですが、こんな名称では、とてもじゃないですがリー・モーガンのトランペットは聴こえそうにありません。

●問題人物イリノイ・ジャケー

 それはさておき、話はいきなりドイツに飛びます。同国が誇るジャズ評論家ヨアヒム・ベーレントは、ずばり『ジャズ』という著書で、このようなニュアンスのことを書きました。「イリノイ・ジャケーの演奏はチンピラが騒いでいるようなものだ。音楽としての価値なし」。

 それを読んだ私は少なくとも2度びっくりしましたね。まずひとつは、“イリノイ・ジャケー”という、イリノイ州出身なのだか広島出身なのだかよくわからないミュージシャンがジャズ界に存在していること(後で調べたら、テキサス生まれとのことでした)。そしてもうひとつ、ここまでバッサリと音楽家を切り捨てる“権限”を評論家が持っていることに関して。

 ここまでケチョンケチョンにけなされると、“イリノイ・ジャケー”なる人物に妙な親しみが湧いてきます。どんな音を出しているのかしらん、と、聴きたくなるのが人情ってやつでしょう。「イリノイ・ジャケーか…聴いてみたいなあ」。

 ジャズの妖精は私に味方してくれました。ちょうどそのころ、ジャケーはディジー・ガレスピーやカル・ジェイダーと共に来日しており、そのコンサートがNHKテレビで放送されたのです。1980年頃の話です。幼い私は体育座りをしながらジャケーを視聴しました。

 ジャケーの演奏は、それはそれは素晴らしいものでした。図太い音色、メロディアスなフレーズ(という言葉を、当時はまだ知りませんでしたが)は、たちまち私の心をつかみました。とにかくわかりやすくて楽しいのです。月の家円鏡(いまの橘家円蔵)に似たルックスにも親しみがもてました。当時の円鏡はテレビの演芸番組やコマーシャルで、連日のように笑いをふりまいてくれたものです。それにそっくりのオヤジが、サックスをブホブホ吹くのですから、もう気持ちいいのなんのって。この良さが分からぬとはベーレントという評論家は気の毒だな、ドイツでも「大正テレビ寄席」が放送されたらいいのに、とすら思いました。

●オルガン&コンガの「ヤバさ」

 いっぽう、私をオルガンやコンガの快楽に目覚めさせてくれたのは、日本の評論家諸氏でした。私は音楽家の家系に育ったので(というと聞こえはいいですが、ようするにキャバレーまわりのバンドマンの息子として生まれたのです)、幼い頃からジャズやポップスが家の中に流れていました。父が休みの日には、よく一緒にジャズ喫茶に行きました。どんなジャズ喫茶にも、必ずといっていいほど、有名な月刊誌がおいてあります。私もそれを読み、初心者には謎のジャズ用語(「スイング感」とか、「インプロヴィゼーション」とか、「いぶし銀の音色」とか)を、あれこれジャズ喫茶のマスターに質問しては悩ませたものです。

 で、その雑誌にはこんなことがよく書いてあったと記憶します。「このレコードはオルガンが入っているから不快だ」、「コンガがうるさい。ジャズにコンガは不要」などなど。どうしてこんなことが書いてあるの? オルガンやコンガっていけない楽器なの? とマスターに問いかけても、確かな返答は得られません。

 「ダメだ」「悪い」といわれたら手を出したくなるのが、人間の心理というものです。私は地元のレコード店の隅っこでホコリをかぶっている数少ないオルガン、コンガ入りのレコードをコツコツと買い集めました。

 …興奮が押し寄せてきました。実に、かっこいい。私はオルガンやコンガが大好きになりました。そして、この2つの楽器をガイド役にして、R&Bやブルース、ファンク、ラテン音楽などにも興味を広げていきました。ジャズ評論家がそのとき、「コンガ最高! オルガンごきげん!」と書いていたら、私は今頃、どうなっていたことでしょう。お役人にでもなっていたかな?

 評論家とナントカは使いようです。接し方によっては、あなたのジャズ観形成を手助けする「教師」にもなることでしょう。もっともその前に「反面」というフレーズがつくかどうかは、神のみぞ知るところですが…。