落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「中毒」。

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 こないだ私の弟子が食中毒で入院しました。

 弟子が朝になっても我が家に現れないので、「黙ってバックレか。仕方ない。去るもの追わず」とあきらめていると、携帯に留守録が残ってました。

 再生すると「貝を食べたら蕁麻疹(じんましん)が出て、今病院で点滴を打ってます。朝、うかがえません……」とのこと。「昨日食べたアワビが悪かったんだと思います」とも。アワビ……好きだ。

「俺はカレー食ってたのに、なにお前は優雅にアワビなんか食ってんだよ!!」とメールを送信しかけましたが、なんとも大人げない。そこはグッとこらえて、

「お前がなまじあたったりするとアワビさんに迷惑がかかるから、意地でもあたるなっ!! それが気遣いってものだ!!」

 と師匠として、芸人のあるべき姿を示しておきました。芸の道は厳しいのです。そして前座が食べていいのはアサリまで!!前座のうちからアワビなんて食ってたら面白い噺家になれるわけがないっ! ぷんぷんっ!!

 まー、自慢じゃないですが、私は食あたりをしたことがありません。昔、噺家仲間8人で飲んだとき、私以外は全員あたってしまいました。皆、2、3日どうにもならなかったらしい。

 どうやら原因は私が注文した「カツオのたたき」。皆は一切れずつ、私は何切れもバクバク食べたのに、私だけ無事。美味しかったなぁ。後日、後輩が、

「兄さんは丈夫ですねー(半笑い)。うらやましいですよー」

 と讃えてきた。なんか私が鈍いみたいじゃないか。「ちょっと待て」と言いたい。

 腹を据えて、正面から向き合えば、ちょっとくらい糸をひいたカツオだってあたらないのです。要は心持ちですよ。中途半端な思いでカツオのたたきに臨んでもらいたくないもんだ。

 ……でも無理はしないほうがいいけどね。

 
 食の『中毒』はないですが、やめられない・とまらない『中毒』はけっこうあります。私の中毒をいくつかあげると……。

 まず「サワークリームオニオン味」。なんすか、あれは。味の黒船来航。サワーって! どんなスナックでもこの味には勝てん。ご飯にかけたい。

 次は「フィルムケースの匂い」。なんすか、あれは。あの石油っぽいケミカルな香り。ポリ袋に入れてずっと嗅いでいられる。ご飯には合わないけど、好き。

「投票用紙のシットリヌメヌメした書き心地」。なんすか、あれは。2B鉛筆の芯を受けとめるあの柔肌感。官能的です。箱に入れたらすぐ開く感じもエロチック。

 あとは王道ですが「耳掻き」。なんすか、あれは。気持ちよすぎ。我が家では常に耳掻きが手の届く所に置いてあります。

 お気に入りは小さなドスをかたどった、鞘から抜くと刃先が耳掻きになってるもの。鉄製ですが、酷使しすぎて刃先が折れてしまい、耳の中へ入ったまま出てこなくなったときは生きた心地がしませんでした。

 たばこ吸わない代わりに私には耳掻き。ああ、どんなに掻いても外耳炎にならない丈夫な耳が欲しいのです。

 というか、耳の持ち主があんなに心地よいのだから耳のヤツはいかばかりか。最終的にもう私は人間でなく、耳になりたい。「私は耳になりたい」。貝と耳、似てるけどえらい違い。

週刊朝日  2017年6月9日号