哀愁のスパニッシュを出されると黙るしかありません
Comeback Band In Detroit (Sapodisk)
まったくもって個人的な話を書かせてもらえば、2008年はたっぷりと1969年の夏を中心にマイルスが起こしたこと・マイルスに起きたことの検証・研究・調査することに埋没している。その一部は『エンタクシー』というヘンテコリンな季刊誌に連載中だが、いずれ機会があれば1981年の復活とカムバック・バンドに取り組んでみたいと思っている。ええ、おもしろいんですよ、カムバック・バンド。白いビル・エヴァンスにロックなマイク・スターンを噛ませ、適度に黒いマーカス・ミラーが屋台骨、そのさらに下に旧知のアル・フォスターがどっしり鎮座ましますという基本的な構造。うまい表現が見当たらないが、その「角ばった型と佇まい」がたまらず、思うに歴代マイルス・バンド唯一無二のカタチだったのではないか。加えてサウンドの鋭角的な切っ先もロスト・クインテットやアガパン・バンドとはまた違った視点と意味合いで攻撃的だったと激しく思ったり。
閑話休題(これ、一度使ってみたかったのです)。おーきたきた観客のザワザワ、ワサワサのお膳立て。そこに"ジャーン"とくるこの殺気がたまらない。上質のオーディエンス録音がさらに雰囲気を盛り上げ、そうそうこの感じはサウンドボードよりオーディエンスのほうが濃度が濃いんです。さらにきたきたきたのマイルスのいぶし銀ミュート、それに応える観客の熱気、感極まっての「ワオ」のひと声もさすがは自動車の町→モーター・タウン→モータウンの故郷だけのことはある。なにがいいかといえばマイルスの最初は寝起きふうに足取りがふらついているペットが吹くほどにパワーを甦らせ、しだいに炎上へと登りつめていくスリルと緊張感、たとえば《バック・シート・ベティ》、まずは黙って最初から8分前後までのマイルスを聴け! 次にマイク・スターンが弛緩することなく過激なサウンドでかまし、観客が「ギター・プレイヤー」とひと言、見ればわかることいちいち言うなよ。しかし81年のスターンのシンフォニックなソロ、絶品ではないか。
後半では毎度毎度で恐縮だが《ファット・タイム》がすばらしい。このビートの体内重量感はこの時期のアル・フォスターにしか叩けないと強く信じる。いや別に信じる必要はないが、思わずそう言いたくさせるチカラと説得力を秘めている。ただしこの段階ではテンポがややスロー、もっと速いほうが映える。とはいえこのマイルスがまた哀愁たっぷりのスケッチ・オブ・スペイン車窓の旅、これを出されると反論不能のマイルス者なのであった。なおクレジットには「15日」とあるが「16日」が正解だろう。
【収録曲一覧】
1 Back Seat Betty
2 My Man's Gone Now
3 Aida
4 Kix
5 Fat Time
6 Jean Pierre
Miles Davis (tp) Bill Evans (ss, ts, fl, elp) Mike Stern (elg) Marcus Miller (elb) Al Foster (ds) Mino Cinelu (per)
1981/8/16 (Detroit)