落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「疲労」。
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最近、けっこう疲れた出来事。
新幹線のグリーン車には車両の最前席と最後席の上の棚に、ビニール袋に入った毛布が常備してある。あれを身体に掛けて寝るのが好きだ。大好きだ。
ただサイズがちょっと小さい。あくまで個人的な意見です。あと縦横に20センチ大きくしてくれると、全身が肩から足先まですっぽりと、乱れることなく包まれて寝心地がいいと思うのだ。
私はミイラみたいにクルンと包まれて眠りたい。ニンジンのカタチをしたポン菓子の包みのように、手足をピーンとした私をパッケージしてほしいの。
それには今のサイズだと片足が毛布の外に飛び出したり、肩からずり落ちたり、どうにも寝ていて気になってしょうがない。
この間も初めはミイラ状で寝ていたのだが、車内の気温が妙に暑くてやたらに寝返りを打ったのか、気づくと毛布が腹部にしか掛かっていない。こりゃ一大事。すぐに全身を包み直すが、すぐに乱れてしまう。なんか車内、暑いぞ。
うとうとしたら、淫夢を見た。詳しく覚えてはないが確かに淫夢だ。疲れる時、淫らな夢、見がち。まだかろうじて30代、身体は即反応する。気がつくと、薄手の毛布にくっきりと隆起の跡が見えるじゃないか! 恥ずかしい! 熱いぞ、身体! 暑いぞ、車内!
その日の移動は、突然の淫夢と暑さと、それに伴う毛布の乱れを直すのに、クタクタに疲れ果ててしまった。
暑けりゃ毛布なんか掛けなきゃいい、とか言わないでほしい。グリーン車に乗ったら、あの毛布は掛けずにはいられないというか、掛けるべきだ。見栄を張らず、グリーン車の『グリーンなサービス』は使うべきだ。
だから私は座席のポケットにある冊子も、くまなく読破する。自分に課している、というより「もったいないでしょ?」という気持ち。
ボリュームがあって、けっこうな読みごたえ。東海道新幹線なんか2冊も常備してある。内容の面白さ、興味とかは気にしない。時間がないので、寝る前に急いで読む。とにかく目を通さないと落ち着かない。東北新幹線の通販のカタログも同様だ。勝手に喋るぬいぐるみ、可愛い。
おしぼりも渡されたらすぐ使う。寝てる間に手元に『男のエステ ダンディハウス』の包みが置かれてると「やられたー」。サービスを正面で受け取れなかった腑甲斐なさ……客を起こすことなくおしぼりを置くパーサーの手際に脱帽……完敗だ。
こんなだから、飛行機のドリンクサービスなぞは必ず頂きます。CAがカートを押し始めるとソワソワしてしまう。リンゴジュースかコンソメスープを飲んでからでないと、気になって寝つけない。
いい席に乗せてもらえたら必ずスリッパは使うし、機内食も残さず食べるし、飲み物は2杯は飲むし、新聞も3紙は読む。毛布ももちろん、それらが片付いてからもらい、ミイラになって寝る。ただ、たいてい気分が高揚して眠れない。
結果、疲れる。
『いいサービス』を提供されてもだいたい疲れている私。機内放送はつい全チャンネルチェックしてしまう。もちろん眠れず、疲れてしまう私。ホント言うと、できればほっといてほしい。
大きめの毛布を1枚頂ければ十分。室温は抑えめでよろしく。
※週刊朝日 2017年5月5-12日号