
数学者にして舌鋒鋭いエッセイストである藤原正彦さんと12歳年下の妻・美子さん。好奇心旺盛で社交的な妻に対し、夫は一人でわが道を行くタイプ。日本人離れした顔立ちの妻は結婚してからもモテたため、自称モテ男の夫も心中穏やかではなかったはずだが……。
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夫:美子はどこの国の人かわからない顔立ちをしていて、誰とでもすぐ会話して打ち解けるから、海外に行くとめちゃくちゃモテる。イギリス人からプロポーズまでされちゃって、ラブレターがどんどん届いたときはさすがに驚いたね。
妻:家族でケンブリッジにいたときに知り合った方なので、正彦さんに隠し事するのはよくないと思って、ちゃんとお手紙を見せたんです。
夫:その手紙には、「私には正彦ほどの才能はないかもしれないけれど、美子への愛は私のほうが深い」とあって、言われてみればそうかもしれないという気がしてきてね(笑)。「3人の子どもを連れてケンブリッジに来てください」と書いてあった。それからは夫婦ゲンカするたびに「私には遠くで待ってる人がいる」と、調子に乗って強気で出てくるようになって。
妻:私があの手紙で一番うれしかったのは、「正彦はどれほど素晴らしい宝物を手にしているか、その価値をわかっていないかに見える」と書いてあったこと。「そうそう、まさにその通り!」と思って、その手紙を額に入れて飾りたくなったほどです(笑)。正彦さんは不思議と人前で私がいかに悪妻かを言いたがるんですよ。
――妻が口をきかなくなり土下座して誓約書を書いた
夫:女房を褒めるのは照れくさいじゃない。
妻:イギリスでも日本式で愚妻(ステュピッド・ワイフ)と紹介するんです。すると皆、離婚寸前かと身構える。何度やめてと言っても繰り返すので、1週間、口をききませんでした。
夫:おしゃべり好きの僕にとって、無視されるのは最大のストレスだから、仕方なく土下座した。「二度といたしません」と誓約書も書かされたよね。
妻:夫婦の一品は、その誓約書でいいんじゃない?
夫:僕の名誉と威厳にかかわるから勘弁してよ。
※週刊朝日 2017年5月5-12日号より抜粋

