ご成婚の1カ月前。私は、マスコミとの連絡役を務めた秘書の岩城晴一さんと一緒に、正田家へ手伝いに派遣されたのです。さっそく、正田邸の廊下で美智子さまとすれ違いました。美智子さまは私に、深々とお辞儀をなさり、「この度はお世話になります。よろしくお願いいたします」とごあいさつくださった。父親の会社の社員に、そこまで丁寧にごあいさつなさるお嬢さまは、そうはいらっしゃらない。どなたにも等しく丁重に接する姿に、教えられた思いです。
お父上の英三郎さんとお母上の富美子さん方のご家族は、美智子さまが皇室に入ることをずいぶんとご心配なさいました。当時は、イラクでも革命によって王制が倒されたばかりでしたから、無理もありません。秘書の岩城さんを通じて聞いた話ですが、お母さまは当初、学者か外交官とのご結婚を望んでいたようです。ただ次第に、皇太子さまへ惹かれる娘を応援するお気持ちになられたそうです。
岩城さんのお話では、ご成婚後、東宮御所と正田家には直通の電話があったとか。ただ、なかなか電話をかけられるものではなかったようです。
お父上は、私が日清製粉を辞めた後も、「顔を見せに来なさい」と、秘書を通じてご連絡くださるような優しい方でした。
口数が少なく余計なことはおっしゃらない。美智子さまも落ち着いた雰囲気のお嬢さまでした。お互いに黙っていてもお気持ちが通じる。そんな空気を共有するような父娘のおふたりであったことも、懐かしく思い出されます。
※週刊朝日 2017年1月6-13日号