長期金利を「コントロールできる」と発言した日銀総裁の黒田東彦氏。“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、そのおこがましさに懸念を抱く。

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 モルガン銀行勤務時代、帰宅間際に秘書のマツヤマ嬢から「支店長、上着に洗濯屋さんのタグがついていますよ」と言われた。「ありがとう。でも、もう少し早く気づいてくれたらよかったな~」と言うと、「気づいていましたよ。3日も前から」。「なに~、早く言え。いつ気づくか、楽しんでいたな。このヤロ~」

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 私が米国のビジネススクールを卒業したのは、36年前。ほとんどの授業内容は覚えていないが、今も覚えている教えが一つある。「短期金利は中央銀行がコントロールできるが、長期金利はできない。マーケットが決める」という教えだ。

 しかし、日銀は9月の金融政策決定会合での検証後、長期金利を「コントロールできない」と記していたホームページの記述を「コントロールできる」に変えた。黒田東彦総裁も参議院財政金融委員会でその旨を発言。私の習ったこと、そして金融界の常識に反する宣言をした。

 政府の国債発行額は約150兆円。日銀は市場規模の8割にあたる約120兆円を買っている。圧倒的な価格支配力で、市場をコントロールできるのは当然だ。

 国債だけではない。秋刀魚だって水揚げの8割を買えば、値段は当面、意のまま。だからといって、秋刀魚の相場をコントロールできると言い切れるのか?

 
 秋刀魚も国債も、いつかは購入をやめたり、売ったりするときが来る。その際に思い通りに値段を操れてこそ、「コントロール」といえるはず。実際に購入をやめたり、売ったりすれば、価格は真っ逆さまに落ちるだろう(=長期金利は暴騰)。

 それを知りつつ、「コントロールできる」と言う日銀は、おこがましい。気づかないなら、洗濯屋のタグがついたままの私以上におめでたい。

 本当に制御できるならば、長期金利の指標となる10年物国債の利回りは、彼らの宣言通りに0%近辺で推移するはず。しかし、利回りは12月16日に一時、0.100%まで上昇した。

 米国の10年物長期金利は大統領選後、急上昇している。12月21日現在で2.53%。7月上旬には1.35%台だった。

 さらに、OECD(経済協力開発機構)が11月、米国の18年の成長率予想を3.0%と発表した。成長率が3.0%なのに10年物金利が2.5%の低さということはありえない。さらなる上昇が予想される。

 日米の金利差拡大は強力な円安・ドル高要因だ。

 外国債投資の最終利回りは、受取利息と満期時の為替で決まる。10年物国債で考えよう。米国債が日本国債より高い利息ならば、10年後にその分を為替で損してもチャラになる。その為替の分岐点は12月22日時点で、およそ1ドル=87円。10年後のドル・円が1ドル=87円以上と予想するなら、高利回りの米国債に投資したほうが有利になる。

 金利差が広がるほど、損益分岐点のドル・円レートは下がる。機関投資家は米国債投資へのモチベーションが高まり、円をドルに替える動きにつながる。私がドル高・円安を予想する理由の一つである。

週刊朝日 2017年1月6-13日号