ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏は、トルコの権力腐敗を例に出し、ネット時代におけるハッカーの意義を解説する。
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トルコで大規模なネット規制がかかる不穏な事態が進行している。
発端となったのは、アルバイラク・エネルギー天然資源大臣の機密情報がハッカーグループ「レッドハック」によってハッキングされたことだった。盗まれたファイルは全部で20GBにも及び、その中には2000年4月から今年9月までの5万7623通の電子メールが含まれていた。
メールの詳細をチェックした結果、アルバイラク大臣が国内の新聞やテレビなどの報道に圧力をかけ、報道内容を操作するやり取りが見つかったのだ。
なぜ一閣僚に過ぎない大臣が、報道に圧力をかけられるほどの力を持っているのか。実は同氏はエルドアン大統領の娘婿で、傘下にテレビ局や新聞社、出版社などを抱える総合メディア企業トゥルクヴァズ・メディアグループのセルハト・アルバイラクCEOの弟でもあるのだ。いわば権力とメディアを接続するキーパーソン。今年に入ってからトルコ政府は同国で最大の発行部数を誇る「ザマン」紙を政府の管理下に置き、政府に批判的なメディアの幹部を逮捕するなど、報道への圧力を強めている。そんな中、メールのやり取りという客観的な証拠で圧力の実態が示されたことは、大きな意味があるだろう。
しかし流出事件に対するトルコ政府の対応は素早かった。トルコ国内からDropboxやグーグルドライブ、Oneドライブ、GitHubといった主要なクラウド型ファイル保存サービスにアクセスすることを遮断したのだ。そもそも20GBもの大容量ファイルを、ネット上でやり取りできるサービスは限られている。そのため、こうした強引なやり方で流出した情報が広まることを防いだのだろう。
15年末には、「テロを称賛」する内容のツイート消去をツイッター社に命じたものの、同社がそれに従わなかったとして15万リラ(約515万円)の罰金を科したが、ツイッター社は言論の自由の観点から、これを無視している。
マスメディアからネットまで、あらゆるメディアに圧力を強めるエルドアン大統領だが、このネット時代にすべてのメディアを完全にコントロールすることは不可能である。かつては内部告発によって暴かれた権力の腐敗が、今後はハッカーたちによって暴かれるようになるのかもしれない。
※週刊朝日 2016年10月28日号