ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏は、新サービスが登場する音楽業界の変化について言及する。
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月額980円の定額料金を支払うことで、登録されている4千万曲以上の楽曲が聴き放題になる定額音楽配信サービスで世界最大手の「スポティファイ」が9月29日、日本でサービスを開始した。
低コストで音楽を楽しめることもあり、若者を中心に人気を集めている定額音楽配信サービスだが、その起源が音楽業界の「違法ファイル対策」だったことは意外と知られていない。2000年代前半、ネットの違法ファイルに悩まされていた米国の大手レコード会社は、違法ファイルを交換するソフトやサービスに対して訴訟を起こし、定額音楽配信サービスを開始することで対抗した。だが、それを上回る勢いで違法なファイルは流通し、ブラウザーで簡単に投稿された動画を楽しめるユーチューブが爆発的な勢いで普及したことがトドメを刺した。その結果、多くのネットユーザーは無料で音楽を楽しむことが当たり前になってしまった。
こうした状況下で08年に登場したのがスポティファイだ。スポティファイはそれまでの定額音楽配信サービスよりも楽曲の検索や、いち早くスマートフォンに対応するなど、ユーザーの使い勝手に重きを置いたことで欧州を中心に大ブレーク。その後全世界にサービスを展開し、現在は全世界で1億人を超えるユーザーを獲得している。
世界を席巻した同サービスの日本展開が遅れたのはなぜか。それは彼らのビジネスモデルにポイントがある。同サービスは無料プランと有料プランがあるため、無料で音楽が聴き放題になるのがネックとなり、交渉がもめたのだ。筆者が音楽業界への取材で把握している限り、既に10年ごろには日本展開のプロジェクトがスタートしていた。欧米と比べるとCDの売り上げが相対的に減っていない日本において定額音楽配信サービス──しかも無料で聴けるプランが入っているスポティファイが進出することはCD中心のビジネスモデルを壊す可能性がある。それを恐れたのだろう。
一方、スポティファイは国ごとにサービスや機能を変更するのを拒んだ。全世界同サービス水準で展開することが彼らの哲学だったため、両者は数年間にわたって折り合えなかったのだ。
しかし、時代は変わった。日本でも1年前に有料プランのみの定額音楽配信サービスが相次いで始まった。1年経って定額音楽配信サービスは音楽業界の売り上げを劇的に減らすわけではない(ドイツではスポティファイ進出後、音楽への興味関心が高まり、売り上げが回復したそうだ)ことが見えてきたのでスポティファイに門戸を開いたということだろう。筆者も実際に使ってみたが、世界最大手だけあって、アプリの使い勝手は他の追随を許さない。残念ながら日本のアーティストの楽曲はまだまだ貧弱だが、洋楽好きであれば楽しめること請け合い。スポティファイ導入で日本の音楽業界がどう変わるか、今後の展開にも注目したい。
※週刊朝日 2016年10月21日号