「こんなの嫌や! 死なせてくれー!」
9月21日、近畿日本鉄道の奈良線・東花園駅(大阪府東大阪市)に響き渡った車掌(26)の叫び声。電車の遅延をめぐって、ホームで複数の乗客に詰め寄られた車掌が逆上し、とんでもない行動に出た。線路に飛び降り、制服の上着と制帽を脱ぎ捨てて線路上を疾走。地上約8メートルの駅の高架から地面に飛び降り、救急搬送された。腰などの骨を折る重傷で、現在も入院中だという。
一連の事件について近鉄は、「お客さま対応中の車掌が不適切な行動を引き起こしたことは大変遺憾」と謝罪。「社内規定にのっとって、車掌の処分を検討する」と公表した。
これに対し、ネット上で「乗客側の行き過ぎたクレームだったのでは」「従業員をもっと大切にすべき」と車掌を擁護する声が続出。処分をいったん白紙に戻すことを要望する署名活動が始まり、10月1日時点で5万5千件を超える賛同者が集まっている。
「処分もおわびも顧客に向けたもの。従業員に対し、あまりに冷たいのでは」
産業・労働社会学を研究する吉田誠教授(立命館大学)も、こう言って眉をひそめる。
「労働契約法には労働者の安全配慮が含まれます。日本のサービス産業は顧客第一主義を貫く一方で、従業員の安全配慮に対し疑問が残る面も大きい。執拗なクレームによって精神に支障をきたせば、会社側の責任問題にも発展しかねない」
日本の鉄道サービスは世界一とも評される一方で、天候や事故による遅延など、日々のトラブルは日常茶飯事。乗客からのクレームは後を絶たない。22日には、「近鉄職員にクレームをつけるのが楽しみだった」と話す無職の男(59)が、たび重なる無賃乗車を理由に逮捕されている。
私鉄の労働組合幹部はこう話す。
「鉄道会社の従業員に対する、乗客など第三者からの暴力件数は、ここ数年増加傾向にある。手が出ない言葉の暴力を含めると、相当な件数があるはず。ストレスから離職に追い込まれる例も少なくなく、非常に深刻に受け止めています」
クレーム対策は、各社マニュアルを設けてはいるが、実効力に乏しいというのが現実のよう。毎年、組合が国交省にも対応を要請しているものの、何をどう整備するか具体策が難しい。
「社会のゆがみが、理不尽で執拗なクレームという形になって表れているのでは。問題は根深いと考えています」(前出の労組幹部)
車掌の処分は「本人の回復を待ち、状況を正確に把握した上で検討する方針」(近鉄秘書広報部)とのこと。社がどう判断するのか、行方が注目される。
※週刊朝日 2016年10月14日号