統計上は、家裁が強制的に後見人を外す「解任」は15年度に減少したが、一方で「辞任」は前年比で72%増の1万921件となっている。前出の宮内氏は、その背景をこう語る。
「家裁が後見人を『解任』すると、その人は二度と後見人になることはできません。そこで、最近では数十万円程度の不正が発覚した場合に家裁から返金を命令されると、その後見人は返金をした後に自ら辞任するケースが増えています」
それでは、認知症になる前に自分の意思で後見人を選ぶ「任意後見」にすれば、安心できるのか。
NPO法人「りすシステム」は、老後の生活から葬儀や墓などの死後の自己決定まで、家族の役割を果たしながら支援する組織だ。健康なうちに任意後見契約を結ぶ事業も展開している。一方で、最近はこんなケースも増えているという。
10年以上の会員だった前田弘さん(仮名)が認知症になり、自己決定ができなくなった。前田さんは80代の元経営者で、資産家だった。ただ、離婚していたため家族と離れて暮らしていたので、りすシステムと任意後見契約を結んでいた。前田さんは独り身の将来を案じ、自宅の荷物整理や財産管理、お墓の場所までりすシステムに一任していた。前田さんは契約後、「これですっきり安心してあの世に行ける」と話していたという。
だが、病に倒れ、実際に判断能力が失われた後に事情が変わってしまった。
離れて暮らしていた親族からりすシステムに連絡があり、「今後のことはすべて自分が選ぶ専門家に任せます」と言われ、契約を破棄せざるをえなくなったのだ。りすシステムの運営に携わる行政書士の黒澤史津乃氏は、こう話す。
「本人の意思である任意後見は、親族による後見人の申し立てより優先されるのが原則です。しかし、親族の意思は固く、前田さんの思いは伝わりませんでした」
任意後見契約について公言しておかなければ、自分の願いより、周囲の思惑が優先される危険性があるのだ。前出の中村氏は言う。
「後見人は申し立ての書類がそろっていれば選任されますが、本来は個々人のライフスタイルを理解した後見人が選ばれるべきです。後見人がつくことで、判断能力が衰えた人の人生がどれだけ豊かになったのか。そこに評価の基準を置くべきです」
いずれ65歳以上の3人に1人が認知症になるとされる日本で、誰が私たちの老後を守ってくれるのか。
「現状の制度は、主体が健常者であることを前提に作られているのがそもそもの問題。認知症がこれだけ増える中、地域の見守りや『気を付けましょう』という精神論だけではカバーしきれない時代になっています」(前出・外岡弁護士)
認知症社会に即したシステムを再構築することが急務になっている。(本誌・藤村かおり、西岡千史)
※週刊朝日 2016年9月9日号より抜粋