イパネマの娘/アントニオ・カルロス・ジョビン
イパネマの娘/アントニオ・カルロス・ジョビン
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イパネマの娘/アントニオ・カルロス・ジョビン(Hybrid SACD盤)
イパネマの娘/アントニオ・カルロス・ジョビン(Hybrid SACD盤)

 ついこのあいだ、うちのブログが炎上した、いや、正確には炎上しかかったのを消火するのに手こずったというべきか。事の始めは、例のパソコンにCDをまるまるコピーするという件で、わたしが「ハードディスクに保存したファイルと、USBメモリーに保存したファイルとで音質が変わる」と言っちゃったことである。

 それを見ていた人たちが、「そんな馬鹿な話があるものか」と、うちのブログのURLを張ってなんだかんだと揶揄するものだから、「そんなことない、現に音は変わる」といったら、そんならデータで証明してみろだの、オカルトだのトンデモだのと、まあ、なんともひどい言われようであった。

 こんな怪情報を、権威ある朝日新聞系列のコンテンツで流していいのかどうなのかわからないけれど、まったく同一の音楽ファイルであっても、ハードディスクに保存したものを再生するのと、USBメモリーに保存したものを再生するのとでは、たしかに違った音質で再生されるのである。

 ジャズストリートで、あまり専門的で難しい話をするのもなんだから、細かい説明は端折ることにする。オーディオマニアとはそういうもんだということで、どうかご勘弁願いたい。

 さて、前回は、シンバルのシャーーーーーンを長く減衰させないためには、CDそのままよりパソコンにコピーしてしまうのが簡単だという話をしたが、これをさらにハードディスクからUSBメモリーにコピーすると、ブログが炎上…じゃなくて、ジャズファンのハートが熱く燃え上がるかもしれないよというのが今回のお話。

 ここに取り出しましたるは、アントニオ・カルロス・ジョビン、1963年録音の『The Composer Of "Desafinado," Plays』、邦題『イパネマの娘』。2曲目の「ワンス・アイ・ラブド」を聴いてみよう。(但し国内盤は誤植で「平和な愛」となっている)

 ジョビンは、自分はコンポーザーであると認識しており、ピアノの腕前はそれほどじゃない。だが、この単音のメロディに込めた思いはすごいものである。シンバルのシャーンと同じく、微弱なタッチでメロディを奏で、それが複雑な音色を含んでいる。そして次の音を鳴らすまで、ジョビンは決して指を鍵盤から放さない!5曲目「悲しみのモロ(これも誤植)」然り、6曲目「お馬鹿さん」、11曲目「ノーモア・ブルース」もまた然り。なんと、ジョビンはこれほどまでにメロディを愛していたのか。

 USBメモリーにコピーしたのを再生すると、そのことが克明にわかるようになったのだ。

 星の数ほどの種類のUSBメモリーが市販されており、実際に音の良くないメモリーもあるので、絶対にハードディスクより音が良いと断言できないものの、もし手持ちのメモリーがあるなら、一度試してみる価値はあると思う。不自然なエッジの堅さが取れ、弦の響きが柔らかく、ビブラートもよくかかり、よりアナログに近くなる。

 USBメモリーだろうが、CD-ROMだろうが、ハードディスクだろうが、フロッピーだろうが、パソコンの中に入ってるかぎり、コピーされたデータはみな同じである。ワードがエクセルになったり、ドナルド・バードがバーニー・ケッセルになったりしたらそりゃあ大変なことだが、いったんアナログ信号となってパソコンの外に飛び出したなら、元のデータは変わらずとも、じつに様々な要因で音質変化を引き起こす。理解できるだろうか?そう簡単には理解できまい。だがしかし、それがオーディオの世界というものだ。

【収録曲一覧】
1. イパネマの娘
2. 平和な愛
3. おいしい水
4. 夢見る人
5. ファヴェラ
6. お馬鹿さん
7. コルコヴァード
8. ワン・ノート・サンバ
9. メディテーション
10. ジャズ・サンバ
11. ノー・モア・ブルース
12. デサフィナード

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