世間に大きな衝撃を与えた天皇陛下の「『生前退位』の意向」報道。実現には皇室典範を改正するための論議が必要だが、現状の自民党改憲草案では難しいとジャーナリストの田原総一朗氏は指摘する。

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 7月13日、NHKが午後7時のニュースで、「天皇、皇后両陛下が、生前退位の意向を持っている」と報じた。このことで、メディアは大騒ぎとなった。

 天皇は82歳、皇后は81歳。両陛下の日程は、執務や公務でほぼ毎日埋まり、心身ともに休むいとまもない状態のようだ。だが、現在の皇室典範では天皇の地位に関して「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」とのみ定めていて、退位に関する規定はない。

 一方、憲法は第1条で「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であると定めていて、第4条で「天皇は、国政に関する権能を有しない」と規定している。

 つまり、現在の皇室典範は生前退位は認めておらず、退位実現のためには国会で皇室典範を改正するための論議が必要となる。天皇が本当に生前退位の意向を示したとすれば、それは「政治に関与」したことになる。

 そのためであろうか。14日に宮内庁の風岡典之長官は、天皇が生前退位の意向を示されたとの報道について「具体的な制度についてお話しになられた事実はない」と否定した。

 ところが、14日の毎日新聞夕刊が、尋常ならざる記事を掲載した。天皇の意向を受けて、今年5月以降、宮内庁幹部が生前退位について、水面下で検討を進めていたというのだ。宮内庁関係者によれば、検討を進めていたのは風岡長官、山本信一郎次長の「オモテ」の宮内庁トップ2人と、天皇を私的に支える河相周夫侍従長など「オク」のトップ2人。それに皇室制度や歴史に詳しいOBの1人が加わった「4+1」で会合を持ち、首相官邸と調整を重ねているというのである。

 こうなると、風岡長官の記者会見での「否定」は、現実味が薄いと言わざるをえない。おそらく天皇は、いわば意識がしっかりしている間に、皇太子に地位を引き継ぎたいというお気持ちなのだろうが、そのお気持ちはよくわかる。政府はなるべく天皇の意に沿うべく、なるべく早く、国会審議を始めるべきである。

 
 実は、天皇の生前退位が認められなくなったのは、1889(明治22)年に大日本帝国憲法と時を同じくして制定された旧皇室典範によってなのである。大日本帝国憲法は、西洋列強に対抗するために、天皇に権力を集中させた強力な君主制を敷くことを目的としており、現在の象徴制とはまったく異なっている。

 自民党の右派の人々は、どちらかというと生前退位を認めたがらない。生前退位が認められると、たとえば天皇の考え方や姿勢が首相など時の権力者の意に沿わない場合に「譲位」を強要する危険性があるというのである。だが、こうした主張をする人々は現在の象徴制には反対で、天皇を元首にするべきだと求めている。そして、たとえば現憲法の第7条では、「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ」として「憲法改正」以下の10項目を挙げているのだが、自民党の改憲草案では「内閣の助言と承認により」を削除してしまっている。つまり天皇の政治的権能を高めようとしているのだ。

 こうした権能の強化を行わず現在の象徴制を維持するのであれば、皇室典範に「高齢で公務に支障をきたした場合」などの条件を定めて退位を認めることに問題はないのではないか。

週刊朝日  2016年8月5日号