私も、アメリカ仕込みの濃厚メイクと巻き髪で歌う聖子ちゃんを通して、いつだって「失望」の裏にあるのは、捨て切れない情と期待に満ちた「傲慢さ」だということを知りました。まさに“失った夢だけが美しく見えるのは何故かしら”(SWEET MEMORIES)です。

 真っ当な消費方法を見出せずにいた1996年、「あなたに逢いたくて」が突然の大ヒットを記録しました。

 きっとそれまで抑圧されてきた全国の聖子愛が、同じタイミングで大爆発を起こしたのでしょう。似たようなバラードを乱発する中、何故にあの曲だけがビンゴしたのか、他に明確な理由は見当たりません。そう考えると「あなたに逢いたくて」は、楽曲の善し悪し以前に、「やっぱり聖子ちゃん、好き!」という紛れもない感情が集結した産物と言えるわけで、あれを彼女の代表曲としてしまう傾向は致し方ないのかもしれません。毒にも薬にもならない極めて普通の曲ですが。

 今や、松田聖子を取り巻く世間の感情は、ほぼ凪(なぎ)の状態です。「永遠のアイドル」と呼ぶ以外、彼女をどう存在させるか完全に放棄しています。10年ほど前、都内のゲイクラブで聖子ちゃんのシークレット・ライブを観た時のこと。ほぼ9割方ゲイの観衆に向かって彼女は、躊躇(ためら)いもなく「すごい! 今日は男の方ばかりなんですね~」と言い放ったのです。この紙一重な無自覚さ! これぞアイドル! それ以来、私は聖子に抗(あらが)うことをやめました。

 最近じゃドスが利き過ぎて菅原文太みたいになっている「フレッシュ! フレッシュ! フレッシュ!」を、今年も武道館へ観に行ける幸せを噛み締めつつも、今となっては「嫌い」と叫んだあの頃が懐かしく想えてくるなんて。人はどこまでも自分勝手な生き物です。

週刊朝日 2016年7月8日号