『ライヴ・イン・トーキョー』ビル・エヴァンス
『ライヴ・イン・トーキョー』ビル・エヴァンス

Bill Evans Live In Tokyo (SMJ [CBS/Sony])

 1973年は日本列島改造ブームに沸き、地価の急騰から急激なインフレが進行していたが、10月に第四次中東戦争が勃発すると原油価格が高騰、インフレに拍車がかかった。ここに戦後初のマイナス成長を記録、19年に及んだ高度経済成長期は終焉し、安定成長期に移る。この年に来日したジャズ・ミュージシャンは前年の1.6倍を超える26人/グループに及び、ここから増加の一途を辿る。この年は今では俄かに信じがたいほど大物の来日が相次ぐ。初心者が楽器名抜きでもわかる大物だけをあげても、1月にビル・エヴァンス、チック・コリア、2月にアート・ブレイキー、4月にクインシー・ジョーンズ、5月にセシル・テイラー、6月にスタン・ゲッツ、マイルス・デイヴィス、7月に「ウェザー・リポート」、9月にソニー・ロリンズ、サラ・ヴォーン、10月にリー・コニッツ、アーチー・シェップ、マッコイ・タイナー、11月にカウント・ベイシー、カーメン・マクレエと、実に華やかだ。

 16人/グループが日本で20作を残している。8人/グループの9作がライヴ録音で、9人/グループの11作がスタジオ録音だ。なお、後者の6作が日本人ミュージシャンとのコラボ作(リーダー作/コ・リーダー作)になっている。ライヴ録音の9作中、入手難で高価なアン・バートン(ヴォーカル)作、和ジャズとすべきオリヴァー・ネルソン(編曲、アルトサックス)が参加した笠井紀美子作、それほどの出来ではないロリンズ作は外す。それでも、とりあげるべきものはエヴァンス作、セシル作、サラの2作(コンプリートCD化によって1作になる)、カーメン作、チャールズ・トリヴァー(トランペット)作と、6作を数える。来日ミュージシャンの顔ぶれといい、その3割が残したライヴ作の多くが名盤になったことといい、特異年というほかない。5回連続でこれらを紹介していこう。今回は待望の初来日を果たしたエヴァンスの『ライヴ・イン・トーキョー』をとりあげる。

 年明け早々にエヴァンスは来日、熱烈な歓迎をうけた。ほぼ最後の大物でもあったが、無二の美意識を誇る我がファンの圧倒的な支持の表れだろう。長髪にヒゲという風貌には驚かされたが学者然とした印象に変わりはない。たとえ“マッド”であったとしてもだ。推薦盤はCBSソニーの要望により録音された。十八番を並べた「来日記念盤」ではない。9曲中6曲が公式には初登場、しかも最終日に録音された。エヴァンスの「新作」録音に臨む意志と意気が窺えよう。アメリカでの版権はCBSコロンビアに契約を解消されていたエヴァンス側が握り、当初は日本とヨーロッパでのみ発売された。アメリカでは、帰国の翌月に契約したファンタジーから移籍第一作として1974年7月にようやく陽の目を見る。ファンタジー盤は『The Tokyo Concert』と改題され、ジャケット上部に「ビル・エバンス・ライブ・イン・トーキョー」と日本語表記された異国趣味?のエンブレムが付けられた。

 幕開けは《モーニン・グローリー》、エヴァンスが紡ぎはじめるやいなや瑞々しい音が迸り、清冽なミストがホールを満たしていく。胸がキュンとなり、聴衆の感激が伝わる。ワルツ・タイムの《アップ・ウィズ・ザ・ラーク》は心華やぐ佳演だ。十八番の《マイ・ロマンス》ではハードにドライヴ、ロマンスをスリリングなアバンチュールに変える。《T.T.T.T.》の冷めた狂気に魅かれ、《グロリアズ・ステップ》の気迫に張り倒された。後者を筆頭にマーティ・モレル(ドラムス)が実に素晴らしい。気合いも気持ちも入った演奏とはこれを言う。エディ・ゴメス(ベース)は、まあいいでしょう。好みではない。バラードがチト感傷に流れた嫌いがあって傑作とはいかないが、快作としていいだろう。さらには、『リヴィング・タイム』(1972年5月/CBSコロンビア)と『シンス・ウィ・メット』(1974年1月/ファンタジー)との間に録音された唯一の公式盤としても貴重だ。

【収録曲一覧】
1. Mornin' Glory
2. Up With The Lark
3. Yesterday I Heard The Rain
4. My Romance
5. When Autumn Comes
6. T.T.T.T. (Twelve Tone Tune Two)
7. Hullo Bolinas
8. Grolia's Step
9. On Green Dolphin Street

Recorded At Tokyo Yubin Chokin Hall, Tokyo, January 20, 1973

Bill Evans (p), Eddie Gomez (b except 7), Marty Morell (ds except 7)