3日にモハメド・アリの訃報に触れたとき、偉大な人が去ったと感じた。このヘビー級史上最強のボクサーは、1967年にベトナム戦争への徴兵を拒否したために世界チャンピオンの資格を剥奪されていたが、無罪を勝ち取ったのち、72年3月に初来日した。滞在中に密着取材をしたフリーカメラマンの石川文洋(ぶんよう)氏は、なんとやさしい笑顔の多いボクサーだろうと思ったという──。
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モハメド・アリは、ヘビー級チャンピオンを3度獲得するという偉業を成し遂げた。だが、私が彼に敬意を抱いたのは、そのためだけではない。
1967年、アリがベトナム戦争を批判して徴兵を拒否したことを知った。当時、私はベトナムに滞在して戦場を撮影していたから、彼の気持ちが理解できた。その年、約48万人の米軍による攻撃で、子どもを含む多数のベトナム人が犠牲になっていた。アリは民衆を殺す戦争には参加しないと表明したのだ。また彼は、黒人差別にも強く抗議していた。同年に戦死した米兵のうち21.4%を黒人が占めたが、それは、差別によって教育を受けられなかった黒人兵たちが前線へ送られたためだった。
ベトナム戦争後も、米軍はラオス・カンボジアで、アフガニスタンやイラクで、攻撃を続け、多くの民間人が犠牲となっている。アリはいまなお終わらない戦争を悲しく感じていたに違いない。沖縄の辺野古基地建設をどう思うか、聞いてみたかった。
※週刊朝日 2016年6月24日号