現職の米大統領として初めて広島訪問したことで大きな話題となったオバマ氏。しかし、核についての言及が少なかったことも指摘されている。ジャーナリストの田原総一朗氏がその理由をこう説明する。

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 オバマ米大統領の広島訪問、そして5分間といわれていた予定をはるかに超えた17分間にわたる力強い演説、しかも演説の後に被爆者たちと言葉を交わし、一人を抱き寄せさえしたこと、さらに予定にはなかった、原爆資料館を視察したことなどで、日本人の大多数、そして世界の人々が、オバマ大統領の核兵器廃絶への強い思いを感じたはずである。

「なぜ私たちはここ、広島を訪れるのか。私たちはそう遠くない過去に解き放たれた恐ろしい力に思いをはせるために訪れるのです。10万人を超す日本人の男女、そして子どもたち、何千人もの朝鮮人、十数人の米国人捕虜を含む死者を悼むために訪れるのです」

「彼らの魂が私たちに語りかけます。私たちに内省し、私たちが何者なのか、これからどのような存在になりえるのかをよく考えるように求めているのです」

 いくつかの新聞は、71年前に米国が原爆投下したことへの謝罪や、原爆投下の是非には言及しなかった、と指摘したが、オバマ大統領は原爆資料館の視察後、芳名録に「共に平和を広め、核兵器のない世界を追求する勇気を持ちましょう」と記帳しているし、被爆者の一人を抱き寄せている。明らかに、原爆投下への謝罪を示しているのだといえる。

「この空に立ち上ったキノコ雲のイメージの中で最も、私たちは人間性の中にある根本的な矛盾を突きつけられます。私たちを人類たらしめているもの、私たちの考えや想像力、言語、道具をつくる能力、自然を自らと区別して自らの意思のために変化させる能力といったものこそが、とてつもない破壊能力を私たち自身にもたらすのです」

 
 アメリカ大統領のスピーチライターは、見事といえるほどの表現力を駆使している。だが、いささか意地悪く言えばオバマ大統領は「核」というキーワードを2009年のプラハ演説では40回登場させたが、広島では2度しか登場しなかった。

 しかもプラハ演説では、「核なき世界」を追求すると強調しながら、その後、現実は「核なき世界」には向かっていない。ロシアのプーチン大統領は核兵器削減に消極的であり、北朝鮮が核保有国であることを宣言するなど、東アジアの安全保障環境も不透明さを増している。

 しかも、「核なき世界」を追求したオバマ大統領の政権が、実は今後30年間で1兆ドル(約110兆円)を投入して新型の核巡航ミサイルなど核兵器の近代化を進めているのである。このことに対して、初めて「核なき世界」を提唱したペリー元国防長官は「冷戦思考だ」と批判し、計画破棄を主張している。

 米ソ冷戦が熱い、本物の戦争にならなかったのは、米ソ両国が大量の核兵器を持ち、核攻撃を行えば地球が廃虚化するとわかっていたからだ。つまり核兵器が抑止力として機能していたのだ。オバマ大統領の訴えと現実には大きなギャップがある。

 また、日本は核兵器は持っていないが、米国の「核の傘」に守られているという現実がある。5月にスイスで開かれた国連の核軍縮作業部会で、メキシコなど非核保有国グループが核兵器禁止条約交渉を提案したが、日本は不賛同の立場をとった。

「核兵器のない世界を必ず実現する」──オバマ大統領に同行した安倍首相は力強く誓ったが、具体的に日本はどのような方策をとることができるのか。

週刊朝日  2016年6月17日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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