特殊な眼鏡をかけると映像が立体的に見える映画や、家庭用の「3Dテレビ」も発売されたりして、近頃「3D」がブームのようである。
オーディオマニアも、「ステレオ」という録音方式の性格からか、やたら立体感とか、実在感、奥行き感にこだわる人たちが、やれサックスの朝顔が右を向いた、左を向いたとか、もう演奏そっちのけで、「3D」的な立体感を出そうと頑張っていらっしゃる。
さて、ジャズにおける「ステレオ」といえば、名録音技師ルディ・ヴァン・ゲルダーに代表される、片方のスピーカーからサックス、もう片方からドラムというように、極端に楽器を左右に割り振ったものが一般的である。
わたしも最初、「なんでこんなに左右にパックリ割るのかな?」「どうだステレオだぞ!というのをアピールしたいのかな?」と疑問に思ったが、そのうち、「おそらく演奏者が、このような位置で録音したのだろう」と想像し、勝手に納得して聴いていた。
それが最近、アシュリー・カーン(著) 川嶋文丸(翻訳) 「ジョン・コルトレーン『至上の愛』の真実」という本を読んでたら、ヴァン・ゲルダーの録音についての重要な記述があって、目から鱗が落ちる思いがした。
皆さん、ご存知のように、ヴァン・ゲルダーが録音したコルトレーンの『至上の愛』は、左スピーカーからコルトレーンのテナー、右スピーカーからエルヴィン・ジョーンズのドラム、そして中央にマッコイ・タイナーのピアノとジミー・ギャリソンのベースが位置する。
「ジョン・コルトレーン『至上の愛』の真実」によると、じつは、「左」、「右」、「中央」とチャンネルを三つに分けて、それぞれにイコライジングを施すのが目的だったのだという。
たとえば、「左」テナーの音に影響を及ぼさないよう、エルヴィンの「右」ドラムだけにエコーを付加するというような、きわめて原始的ともいえる録音方法だったのだ。
したがって、「3Dパノラマのように黄金のカルテットが目の前に展開する」ように聞こえるけれども、実際のスタジオでの立ち位置とは関係がなく、ましてや「コルトレーンの朝顔が右向いたり左向いたり」というのは、オーディオマニアの妄想でしかないことが判明した。
さらに興味深いのは、ヴァン・ゲルダーが、曲および演奏の構成を演奏者から事前に訊いており、ソロが終わると瞬時にフェーダーのつまみを下げたりして、積極的に演奏に「参加」していたということ。
ブルーノート盤なんかで、ときどき、フェーダーを上げ下げするタイミングが間違えて入ってる録音があるのは、そういうことだったのか。
極めつけは、同じくコルトレーンの『ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』。吹きながらステージを動き回るトレーンを、ヴァン・ゲルダーがマイクを持って追い掛けまわしたことから、ついた曲名が「チェイシン・ザ・トレーン」。
右へ左へと、トレーンの音像が動き回る…、なーんてことは一切なく、トレーンは左スピーカーに常駐したままで激しいブローを続ける。マイクもついてまわってるんだったら動かなくて当然である。
いくらオーディオマニアだからって、あんまり位相とか、立体感とか、音楽以外のことにばかり拘ってると、大事なものを見失いますよってのが本日のお話。(「チェイシン・ザ・トレーン」でのエルヴィンのドラムは、右ではなく中央あたりから聞こえる)
【収録曲一覧】
1. スピリチュアル
2. 朝日の如くさわやかに
3. チェイシン・ザ・トレーン