「腹が減ったのを忘れられるから」

 少年は母子家庭で、アルコール依存症の母親から食事を与えられていなかった。中本さんは振り返る。

「すごい衝撃よね。食べられない子がいるなんて考えてもいなかった」

 空腹に気づけなかったことを詫び、その日から少年のご飯をこしらえた。少年はシンナーをやめ、同じような境遇の友人を中本さん宅へ連れてくるようになった。瞬く間に行き場のない子たちであふれ、玄関に納まりきらない靴がアパートの廊下にまで積み上げられた。その光景に驚いた近所の田村美代子さん(68)が手伝うようになった。

 当初、毎月10万円にのぼる費用を生活費を切り詰めて捻出していた。10年後には、活動が知られ始め、民間財団や共同募金会から支援を受けられるようになった。それでもすべてをまかなえるわけではないが、子どもから徴収することは決してない。

「今、子ども食堂(※)が全国に広がりつつあるけど、お金を取りよるところもあるでしょう。うちに来るのは帰りの電車賃もバス代もない子じゃけん、数百円でも取ることはできんわね」

 食うや食わずの状況で、片道10キロ以上の距離を歩いてくる子もいたという。

 あまりの空腹のせいか、食べ物を喉元まで詰め込むような異様な食べ方をする少年もいた。

「その少年を連れてきた子にあとで聞いたら、『あいつは俺を万引きに誘いにきたんじゃ。けど、腹いっぱい食べたら万引きする気がなくなったって帰ったよ』と言うとった」

※子ども食堂:子どもたちに無料あるいは低価格で食事を提供し、子どもの「居場所」をつくる活動。ボランティア団体が主宰するケースが目立つ。

週刊朝日  2016年4月1日号より抜粋