「オーディエンス録音物は最初で放り出してはいけない」の典型盤
Miles At Berkeley (Sapodisk)
マイルスの新作ラッシュは今年の暑すぎる夏にも衰弱することなく、逆にますますヒートアップする始末。なんでも「暑い夏は熱いマイルスでもっと暑く」という標語が書かれた看板が一部地域の林道に立ったとか立たなかったとか。
今回ご紹介するのは、1985年9月19日、カリフォルニアにある有名なグリーク・シアターでのライヴ。最近登場するマイルスの新作は、前に出ていたような、まだ出ていなかったような、そのあたりの記憶が曖昧模糊となる音源が多いが、このライヴも、これまで出ているようで出ていなかったライヴ。どうもバークリーやらシアターやら、まぎらわしい表記の多発と年代集中型リリース状態が、そういった「奇妙な既視感」を抱かせる要因になっているのだろうと思う。
85年ということで、オープニングは《ワン・フォン・コール/ストリート・シーンズ》に《スピーク》の合わせ技、しかもこの時期特有のスロー・ファンクなグルーヴ感がたまらない。比較的ゆったりしたテンポにのって、マイルスが激しい高音をヒットし、しばらくしてテープで「オッオー」「ウィガッチュワンメイクホンコールウィガッチュ」と、『ユア・アンダー・アレスト』の1曲目で使われたテープがライヴに重なって聴こえてくる。タイミングもバランスもまったく関係なしといわんばかりのムチャな即興的オーヴァーダビングのルーズさが、圧倒的にすばらしい。
次に注意点を。このライヴ、スタート当初は、観客の話し声がかなりうるさく、イラッとさせられる。しかししばらく我慢すれば、話し疲れたのか、会話はやみ、理想的なシチュエーションが訪れる。そしてこのライヴ、オーディエンス録音ならではの広がりと奥行きがあり、音質もバランスもかなり良好な部類に挙げられる。
ここで教訓をひとつ。オーディエンス録音物は、最初で放り出してはいけない。まずはうるさい客のピーチクパーチクに耐えること。オーディエンス録音物を見極めるためには、最初の1分から3分をおろそかにしてはいけない。これまでいかに多くの人が、最初の雑音や騒音で放り出し、そのあとに待ちかまえている驚きのライヴを聴き逃してきたことか。
最後に業務連絡です。22日に『50枚で完全入門マイルス・デイヴィス』(講談社プラスアルファ新書)が出ました。よろしくお願いします。それから25日に出る雑誌ジャズジャパンでの連載のタイトルが「癒されないジャズ考現学」になりました。こちらもよろしくお願いいたします。それでは、残り少ない夏をマイルスでさらに熱く!
【収録曲一覧】
1 One Phone Call / Street Scenes-Speak
2 Star People
3 Maze
4 Human Nature
5 Something's On Your Mind
6 Time After Time
7 Ms. Morrisine
8 Hopscotch
9 Pacific Express
Miles Davis (tp, synth) Bob Berg (ss, ts) Mike Stern (elg) Robert Irving (synth) Angus Thomas (elb) Vincent Wilburn (ds) Steve Thornton (per) Marilyn Mazur (per)
1985/9/19 (Berkeley)