参拝一番乗りを競う「福男選び」で有名な兵庫県西宮市の西宮神社。この神社を舞台にした文楽作品「釣女(つりおんな)」について、次世代を担う文楽太夫の一人、豊竹咲甫大夫さんが解説する。
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早いもので年の瀬。皆さんは正月をどのように過ごされますか。関西の正月名物といえば、兵庫県の西宮神社で開かれる福男選びが有名です。NHKニュースで毎年報道されていますよね? 一月十日、朝六時の開門とともに大勢の人々が参拝一番乗りを目指して本殿まで走る、あの祭事です。
西宮神社は福の神で知られるえびす様を祀(まつ)っており、全国に約三千五百あるえびす神社の総本社。ご利益のあるパワースポットで、阪神タイガースがシーズン前に必勝祈願をする場所でもあります。実は文楽とも繫がりがあります。というのも、境内のなかに人形遣い(人形を操る文楽技芸員)の祖、西宮百太夫(ひゃくだゆう)を祀る百太夫神社があるのです。
西宮百太夫は、私たち浄瑠璃語りの元祖である竹本義太夫(ぎだゆう)、近松門左衛門と並び、人形浄瑠璃の発展に貢献した浄瑠璃七功神の一人。子どもの守り神として崇(あが)められています。
一月に大阪で上演する「釣女」は、その西宮神社を舞台にした演目です。狂言の「釣針」を原案に作られた歌舞伎の人気曲を文楽へ移したもので、初演は一九三六年と比較的新しい作品です。能舞台をまねて、舞台正面に大きな老松を描いた松羽目(まつばめ)という舞台装置が特徴の、正月にふさわしいめでたい演目になります。
物語は、京都の大名が妻を得たいと、同じく独身の太郎冠者(たろうかじゃ)を連れて、西宮神社へ詣でるというもの。つまり婚活です。二人がえびす様にお祈りした後、しばしまどろんでいると「妻になる女性は西の門の階段にいる」とお告げがあり、西の門には一本の釣り竿が落ちていました。釣り好きのえびす様のことですから、これで妻を釣れという意味なのだ、と大名はピンと来ます。早速、釣り糸を垂らすと見事に美しい女性が竿にかかり、大名はその場で美女と祝言をあげました。
この様子を見た太郎冠者は慌てて竿を借ります。すると、竿にまたも女性がかかり、太郎冠者は有頂天に。ところが、(顔を覆っている)被衣(かつぎ)を取ると、その女性はフグのような顔をした醜女でした。醜女は太郎冠者に一目惚れ。「放れはせじ」と取りすがり、さあ大変。結末は如何(いか)に……。