今、繁昌亭の舞台に掛けられている、師匠に書いていただいた「楽」の字。私は当初、「薬」という字を書いていただきたくて、9年前に、武庫之荘のご自宅に参りました。「笑いは気の薬」という意味で、昔の落語の席には「薬」という字が掛かっていたからです。師匠は私の申し入れに快く応じて下さりましたが、お書きになった字は草かんむりがありませんでした。薬ではなく、楽しいという字だったのです。
師匠はおっしゃいました。「草かんむりには、本物ではないという意味がある。落語家はお客様に心から楽しんでいただいてこそ、本物の落語家なんや」。
師匠が戦後、風前の灯火(ともしび)だった落語を残して下さいました。その血のにじむような努力を無駄にしないように、私たちは、師匠の書かれた「楽」の字のもと、努力して参ります。師匠のご遺志を、これから先もずっと受け継いでいく所存でございます。どうか、お守り下さい。
これまでお世話になったことを感謝申し上げ、謹んで哀悼の意を表します。
※週刊朝日 2015年12月18日号