検査に立ち会ったのが、当時、相撲協会の審判部副部長をしていた北の湖だったのだ。身長計に乗った時も、痛みを慮るようにカーソルをふわっと頭上から浮かして測ってくれたという。
「北の湖さんは僕と違って元々体が大きいし、憧れのタイプではなかった。でもがらっとイメージが変わりましたね」
この対応のおかげで、舞の海さんは検査に合格した。
「小柄でも相撲をやりたい人間がいる。見逃してくれたというより、真剣な気持ちをくんでくれたんだと思います」
理事会での北の湖の進言もあり、その後合格規定の身長は「167センチ以上」に変更され、相撲への門戸が広がっていったそうだ。シリコーン注入も禁止された。
「力士になり、巡業中に会った時に、部屋が違う僕に『おまえは一生懸命に稽古をしているから次はいい成績をとるよ』なんて言ってくれたこともあります」
角界では、部屋の違う力士に親方が声をかけることはまずないという。理事長になってからは、心配りがさらに広がったようだ。
相撲ライターの佐藤祥子さんによれば、場所中は白いスポーツシューズを履いて国技館内を歩き、ファンの人とも気さくに話した。
「理事長は場所中に雑誌記者たちと懇談会を開いていたのですが、一人ひとりの目を見て話をしてくれた。協会を批判する耳の痛い話にも、じっくり耳を傾けて」(佐藤さん)
力士にもファンにも記者にも、“公平無私”に接した人だったのだ。
※週刊朝日 2015年12月11日号