日銀の黒田東彦総裁の発言内容が修正される出来事があった。“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、黒田総裁についてこう危惧する。
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友人のユウキ夫妻が南米の旅から帰ってきて週末のテニスに参加した。ユウキママが皆に「おととい帰ってきたんですよ」と言っているのを聞いて、ユウキパパ曰く「昨日は家内も私も『時差ボケ』でした。家内は、今日になって『時差』はなくなったようですが、『ボケ』は続いているようです。帰国したのは“おととい”ではなく、“昨日”なんですよ」。
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10月30日の金融政策決定会合後、黒田東彦日銀総裁が恒例の記者会見を行った。このとき「追加緩和の手段が尽きているのでは」と聞かれた黒田総裁は「イングランド銀行(BOE)は7割くらいまで買い進んだ」と英国の例を引き、「手段に限界があるとは思っていない」と強調したそうだ。日銀の国債保有額は、いまだ発行残高の約3割だから、7割のBOEに比べれば、まだまだだ、とおっしゃりたかったのだろう。
その後、11月3日付の日本経済新聞を読んで、「日銀、総裁発言を訂正」という小さな記事を発見して、私はずっこけた。
BOEによる国債の買い入れ規模は、国債発行額の7割ではなく約4割だと訂正したそうなのだ。およよよ! 黒田総裁、大丈夫ですか、ボケてない?
日銀は、すでに過激なレベルまで国債を爆買いしているのだ。BOEに問題がないからといって日銀にも問題はないと思い込むのは極めて危険だ。そもそも英国は財政事情が日本ほど悪くないから国債発行額が大きくない。だから、4割まで買い進めようとBOEの資産規模の拡大はタカが知れている。2014年末時点で対GDP(国内総生産)比20%程度だ。この比率は米連邦準備制度理事会(FRB)のそれとほぼ同じだ。
そもそも財政事情がさほど悪くない国(英国や米国)の中央銀行と財政事情が劣悪な国(日本)の中央銀行の国債購入を比較するのはおこがましい。両者では国債購入の意味合いも副作用も大きく異なるのだ。
英国や米国は新たな資産購入をやめたい時にやめられる。新規の発行が少ないから、中央銀行が買わなくなるからといって国債市場が暴落することはない。実際、英国や米国は、大きな問題なく新規の資産購入を停止した。一方、日本の場合は、やめれば国債市場は大暴落だ。垂れ流し的に発行されていた国債の購入者がいなくなるからだ。金はばら撒き続けられ、ハイパーインフレまっしぐらだ。
英国や米国の量的緩和は「金融政策」の一環と考えられるが、日本は、実質的に、財政ファイナンス(国の借金を中央銀行が紙幣を発行して賄うこと)だ。財政ファイナンスは、日本でもハイパーインフレ防止の意味から財政法第5条で禁止されている。
日銀は10月30日の金融政策決定会合において、「経済・物価情勢の展望(15年10月)」を発表した。その中で「もっとも、政府債務残高が累増する中で、金融機関の国債保有残高は、全体として減少傾向が続いているが、なお高水準である点には留意する必要がある」と述べている。おいおい、留意すべきは日銀自身じゃないの?
※週刊朝日 2015年11月27日号