わたしはジャズとオーディオに対し、憧れと尊敬の念を抱いている。それは、本格的にジャズを聴きだしてから、30年以上の月日が流れた今も変わらない。
レコードがCDになり、安く簡単に手に入るようになったはいいが、いっぽうで軽く扱われる。貴重な音源といえど、コピーして大量生産されるようになると、ミュージシャンやジャズそのものに対する畏怖の気持ちというか、そういうものがしだいに薄れてしまうのが残念でならない。
ほんとうにすごいと思う体験をしたなら、もういてもたってもいられなくなるものだ。そこからエネルギーがほとばしり出てくるはずだ。昨今のジャズ・ジャーナリズムに元気がないのは、ジャズを聴くことを通して、すごい体験をすることが少なくなったからではないだろうか。
前回からさらに遡って、わたしがジャズを聴き始めた頃の話をしよう。
それまではご多分にもれず、ロックを中心に、リズム・アンド・ブルースやレゲエ、フュージョンなどを聴いていた。「かなり聴きこんでいる」という自負もあったので、手を広げてジャズも聴いてみようと思うのは音楽好きの自然な流れである。
ところがラジオをつけてみると、当時のジャズ番組では、なぜかマイルス・デイビス(当時はあまり“デイヴィス”と表記されなかった)の『オン・ザ・コーナー』ばかりが(?)やたらとかかっていた。「これがジャズ?」
「こういう電気楽器でチャカポコするようなのじゃなくて、古いモノクロ映画で流れてような渋いジャズが聴きたいんだがなあ…」
わたしは、ここでジャズを聴くことに一旦挫折している。
マイルスの音楽に再会するのは、その数年後。地元駅前のレコード屋が、突如“貸しレコード業”をはじめたのだ。かねてからジャズをものにしようと企んでいたわたしに、安く大量にレコードを聴くチャンスが到来したことになる。それまで売り物だった店内のレコードが、“貸し出し用”に早がわりしていて、たしか一枚借りるのに150円か200円くらいだった。
ジャズのコーナーは100枚ほどあったので、そのなかの3割ぐらいを占めているマイルス・デイビスのレコードのなかから、さっそく数枚を借りてみた。
憶えているのは『スケッチ・オブ・スペイン』、『カインド・オブ・ブルー』、そして『デコイ』。うち『デコイ』は、まったく理解できず、『スケッチ・オブ・スペイン』は、まあなんとか理解できる、そして『カインド・オブ・ブルー』が自分の思い描くジャズのイメージにいちばん近かった。
なんとか糸口を掴んだわたしは、毎週のようにジャズのレコードを借りてきた。なにしろ“貸しレコード業”は、はじめたばかり、そのうえ地元でジャズのレコードを借りて聴こうなんて人は皆無に近く、どのレコード盤も傷ひとつなくピカピカだった。
わからなくても、わからないなりに毎日聴いてれば、なんとなくわかってくるものである。それは突然やってきた。ブルーノートの二枚組ベスト盤に収録されていたあの一曲、マイルスの「テンパス・フュージット」だ。
なんというすごい演奏なのだろう!?このドラムは誰?アート・ブレイキー!!
轟音で迫ってくるロールに続いて炸裂するシンバルは、少々タイミングが遅れ気味に聞こえるが、それが「ぶわっしゃーーーーーーん!!」とタメが効いていてカッコよかった。それに、最後のドラムソロ!「コンコンチキチコンコチキチン」だけやんけ!でもカッコええ~~~~~!!!
この頃に借りて聴きまくったレコードの知識をもとにして、わたしのレコードコレクションができていったことはいうまでもない。
わたしが他所でレコードを買うようになり、まもなく貸しレコード屋は店を閉めた。“貸しレコード業”はレコードが売れなくなったあの店の、最後の悪あがきだったのかもしれない。
【収録曲一覧】
1. Kelo
2. Enigma
3. Ray's Idea
4. Tempus Fuit
5. C.T.A.
6. I Waited For You
7. Kelo (Alternate Take)
8. Enigma (Alternate Take)
9. Ray's Idea (Alternate Take)
10. Tempus Fugit (Alternate Take)
11. C.T.A. (Alternate Take)