
映画「シャイロックの子供たち」は、メガバンクの小さな支店で起こった現金紛失事件を発端に、支店長やエース営業マン、百戦錬磨の客たちの、裏の顔と裏の金があぶり出されていく。阿部さん演じる「西木」は、出世競争とは縁のないお客様係だが、行内の不祥事を暴くキーマンとなり、劇中には、半沢直樹を彷彿させる「倍返し」というセリフまで登場する。
「堺(雅人)さん演じる半沢と西木は、全然違うタイプの銀行マンなのに、なぜか同じセリフを言うことになって(笑)。西木は、そんなに熱さを感じさせない男なので、さらっと言ったほうがいいのかなと思ってそうしたんですけど。西木は、すごく人間ぽいシーンが多かったですし、『人って、そういうとこあるよな~』って共感する場面も多かった。見ていくうちに、『最初はつかみどころがないけれど、実はちゃんとした銀行マンなんだな』と思っていただけるんじゃないかと(笑)」
ベテランから若手まで、俳優たちの演技がとにかく切実だ。生きること、騙すこと、不正をごまかすことに必死になっている顔、顔、顔。阿部さんも、とくに橋爪功さんや柄本さんなどのベテランの演技に、本番では翻弄されることも多かった。
「俳優も、言ってみれば嘘をつくことが仕事なわけですが、『シャイロックの子供たち』の中にも、まさにキツネとタヌキの化かし合いみたいなシーンがあるんです。橋爪さんや柄本さんレベルになると、もう嘘つきのプロと言ってもいいレベルですからね。先輩方の芝居には、『何か面白いことをやってやるぞ』みたいなハッタリとか遊び心があって、刺激になりました」
不正を働く人を悪人だと断じてしまうのはたやすいが、登場人物たちには、それぞれに抱えている事情がある。スカッとする展開はありつつ、誰が悪人で、誰が善人なのかは、単純に分けることはできない。
「生きていると、誰でも何かしら抱えてるものがありますよね。仕事で抱えているものだって、若さゆえの葛藤なら想像しやすいけど、ベテランの人たちだって肉体の衰えとの闘いとか、あるかもしれないし。家に関してなら、お金のことや子供のこと、人によっては浮気なんかも、うまく隠してるかもしれない。僕の演じた西木の場合は、上には厳しい上司がいて、下には可愛い部下がいて、それぞれの葛藤の間で、なんの役にも立てないふがいなさを感じるときだってあったかもしれない。本当に、いろんな事情を抱えた人たちが登場しているので、共感できるポイントはいろいろあるんじゃないかなと思います」
(菊地陽子、構成/長沢明)
※記事後編>>「阿部サダヲ、野球部時代の貯金で体力衰えず それでも年を取ったと感じたこと」はコチラ
※週刊朝日 2023年2月24日号より抜粋
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