コンプリート・ロスト・クインテット・イン・パリ
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マイルスのフリー・ジャズ問題を考える
Complete Lost Quintet In Paris (One And One)

 今回はロスト・クインテットの決定版。同時に映像も出ているので、この歴史的クインテットの全貌を知るには最高のアイテムだろう。しかも最後の《イッツ・アバウト・ザット・タイム》ではチック・コリアがドラムスを叩き、ジャック・デジョネットがエレクトリック・ピアノを弾くというオマケまでついている。演奏と音質に関しては文句なしの最高レヴェル、よって本欄ではロスト・クインテット前後の時代を基点に、マイルスとフリー・ジャズ問題について書いてみたいと思う。ロスト・クインテットに関しては、この音源も含め、拙著『聴け』のヴァージョン8をご参照ください。

 一般にマイルスはフリー・ジャズを嫌悪していたとされる。マイルス自身も自叙伝で否定的な意見を述べている。しかしこれは「嫌悪するほど気にしていた」と捉えるべきだろう。その論拠のひとつとして、マイルスが一度ならずオーネット・コールマンと共演していた事実が挙げられる。以下はドン・チェリーの回想。

 1959年の夏、私はリロイ・ヴィネガー(ベース)、ビリー・ヒギンズ(ドラムス)とトリオを組んでロサンゼルスの「ルネッサンス・クラブ」に出ていた。月曜の夜、セカンド・セットを始めようとしていたときだった。誰かが肩越しに「その小さなトランペットを吹いてもいいか」と言った。マイルス・デイヴィスだった。マイルスはリロイとビリーを伴奏にポケット・トランペットを吹いた。その夜は互いにひとつの楽器を吹き合い、私とマイルスはすっかり親しくなった。

 その年の12月、オーネットとニューヨークの「ファイヴ・スポット」で演奏しているときだった。マイルスが姿をみせた。(中略)マイルスはステージに上がると、私のトランペットを吹き、オーネットと共演した。曲は《ホエン・ウィル・ザ・ブルース・リーヴ》(オーネットのデビュー作『サムシング・エルス!』収録)だった。それはそれは見事なすばらしい演奏だった。(『Talking Jazz:An Oral History』by Ben Sidran:Da Capo:1992)

 さて、いよいよマイルスのフリー・ジャズ志向に焦点を合わせたい。ただし「フリー・ジャズ」を「アヴァンギャルド」という言葉に置き換えたほうが、より具体的になるだろう。すなわち『ビッチェズ・ブリュー』も『オン・ザ・コーナー』も、あるいは『アガルタ』や『パンゲア』も、その根底にある創造的原動力は、マイルスのアヴァンギャルド性であり、それは一般にいわれるフリー・ジャズよりもフリーであり、前衛でもあった。

 主にロスト・クインテットの時代とされる60年代末期、マイルスがチック・コリアやデイヴ・ホランド等のメンバーに完全なる自由を与え、その結果、マイルスのトランペット・ソロのパート以外、アヴァンギャルドな展開に突入する場面がしばしばみられ、しかしそこにはマイルスの積極的な意思の関与はないとされていた。よって「マイルスはフリー・ジャズを横目に見ていた」との誤読が生まれ、それはほとんど更新されることなく今日に至っている。

 結論をいえば、すべてはマイルスの意思のもと、より過激に、さらに積極的に行なわれていた。ライヴにおいてチック・コリア作《ディス》が楽曲として取り上げられ、マイルスもまた《ザ・マスク》なる前衛的な曲を書き、レパートリーに組み込んでいる。マイルスの積極的な関わりと「本気」は、その《ザ・マスク》なる難解な楽曲が、ライヴのみならずスタジオでも正式に録音されていたことが物語っている。しかも知られる限り4回(4ヴァージョン)吹き込まれた。最終的には未発表になったが、マイルスの「意思」を立証する具体例として最優先に挙げられるだろう(同曲は現在『コンプリート・ジャック・ジョンソン・セッションズ』に収録されている)。

 マイルスの「フリー・ジャズへの接近」を示す例は、これだけでは終わらない。すべてを列挙するには、おそらく数倍のスペースが必要になる。しかし少なくとも指摘できるのは、こうしたマイルスのアヴァンギャルド性やフリー・ジャズ志向の全体像が見えたとき、従来のマイルス観は変容を迫られるであろうことだ。それではまた来週。

【収録曲一覧】
First concert
1. Directions
2. Bitches Brew
3. Paraphernalia
4. Riot
5. I Fall In Love Too Easily
6. Sanctuary
7. Miles Runs The Voodoo Down-The Theme

Second concert
1. Bitches Brew
2. Agitation
3. I Fall In Love Too Easily
4. Sanctuary
5. Masqualero
6. It's About That Time-The Theme
(2 cd)

Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ss, ts) Chick Corea (elp, ds) Dave Holland (b, elb) Jack DeJohnette (ds, elp)

1969/11/3 (Feance)

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